馬屋から愛馬の細雪(ささめ)を引いて門まで来た。
細雪は私が乗馬の練習を始めた時からの付き合い。
額にある白い模様が特徴の相棒。
城門を守る足軽さん達に訳を話して僅かに城門を開いてもらう。
『外は緊張状態が続いております。真琴さまお気を付けて下され。』
「はい!心配ありがとうございます。」
私は細雪に跨がり、幸村の布陣する森へ向かった。
おそらく昌幸様が幸村と信幸様を呼び戻すのはこれからの打ち合わせのため。
昌幸様が言うには、もう織田信忠の軍が目と鼻の先まで来ているらしい。
兵力差は言うまでもない。
まともに戦えば真田軍は__全滅を免れないに違い無かった。
昌幸様のことだから無駄に命を失うような事はしないだろうけど……。
ちゃんと話さないと分からない所もある。
また地炉の間で密談だろうなぁ。
そんな事を内心で考えながら、まだ僅かに残る雪の中を走る。
上信越地方の春は遅い。
3月と言っても花は咲き始めてもいない。
その代わり、木には若葉が芽生え始めていて春の到来を少しながらも感じる。
「今も未来も自然は変わらないんだね…」
自然は昔から好きだったけど、こんな風に感じたのは初めてかもしれない。
これも時代を越えたからこそ感じられたものなのか__
ふと、勝頼様の顔が浮かんだ。
未来を知りながら歴史を変えられなかった不甲斐なさが胸の奥で燻る。
目尻が熱くなり、涙が一粒溢れる。
慌てて片手で涙を拭う。
いけない。
勝頼様は真田に未来をくれた……。
先に進むように。
その意思を無駄にはしちゃいけない。
そう己を鼓舞する。
気が付けば幸村の待機する陣中が見えている。
『おい、あれは真琴さまじゃないか?』
『真琴さまじゃ!幸村様へ早う伝えよ!』
少し先で足軽さん達が騒いでいるのが聞こえる。
「ありゃりゃ…そんなに騒がなくていいのに。」
思わず笑ってしまう。
陣幕まで来て細雪を近くの木につなぐと
「父上も困ったお方だ……。」
やれやれといった様な表情をして
「しばらくだな、真琴。」
優しく微笑む幸村が出迎えてくれた。