「ツバキ待たせたな」

「ラヴル様、このままルミナに帰りますか?」

「いや、今宵はケルンの屋敷に行く。今戻ってもユリアはもう寝ている。起こすと怒られそうだからな・・・。せっかく直った機嫌だ。また損ねられたら堪らん」


――ふぃっと横を向く少し膨れた頬と尖った唇。

あれはあれで可愛いが、たまに見せる笑顔の方が数倍可愛い。

本心と裏腹に、無理して強がるところもなんとも面白い。

ころころ変わる表情をつねに見ていたいし、守ってやりたい。

だが、機嫌を損ねるのだけはいただけない。

ただ一つの気がかりは、結界が弱まってる点だが、侵入者に関してはライキがいるから大丈夫だろう。

それに、ナーダもいる・・・守りは完璧のはずだ。



瞳を伏せて考え込んでいるラヴルを、じっと見ているツバキ。

その表情はにこにことしていて、とても嬉しそうに見える。

それに気付いたラヴルが、少し不機嫌そうにツバキを見た。



「何だ、ツバキ。何がそんなに可笑しい?」


「ラヴル様は、ユリアには弱いですね?」


「・・・そう、見えるか?」


「はい。そう見えますとも!」



複雑そうに曖昧な微笑みを浮かべるラヴルに、自信たっぷりに満面の笑顔で返事をするツバキ。

馬車のドアを開け、大好きなご主人様に早く乗り込むように促して、パタンとドアを閉めた。

空を見上げると星がまばらに輝いている。

ここのところ、月も色が淀みがちだ。



――王様の力が弱いんだな・・・。


早くラヴル様が即位すれば良いのに。

今は、ユリアだっているし。

ラヴル様ならこの国をよりよく変えるのも可能だ。

人望もあるし、政の手腕だって誰にも負けずに一番だ・・・と以前にゾルグ様に聞いた。

ただ一つの欠点を除けば、ラヴル様はこの国一番に強い。

それに、なんと言っても、俺の自慢のご主人様だからな!




「ツバキ、何をしている。早く屋敷に行くぞ」

「はい、今行きます」



ツバキが乗り込むと同時に動き出す馬車。

ゆるゆると坂を下り、繁華街を抜け森の方へ向かっていく。

家もまばらになっていき、闇が続く道を進むと、ぽつんと光る外灯が見え始めた。



大きな門扉を潜り庭へと入る馬車。

玄関に近付くにつれ、多くのメイドや使用人がバラバラと外に出てくる。

皆頭を下げ整列して待っていた。

その人の壁の間を、通り抜けるラヴル。


手を上げて軽く挨拶をし、ラヴルは早々に寝室に向かった。