「え・・?何を言ってるんですか・・・ち・・ちょっと待って。あの、ラヴル、あの方の用事は―――?」


ユリアにそう言われ、今にも抱き上げようとしていた手を止め、ラヴルは深くため息をついた。

恨めしそうに、ドアの前で無言で立っている金髪の男を睨む。


脚元から不機嫌そうに背中に戻された腕の中で、ユリアはホッと胸をなでおろしている。危ないところだった。



「ケルヴェス、一体何の用で来た。早く言え。見ての通り私は今、忙しい」


いかにも機嫌が悪そうな口調でジロリと睨まれ、困惑の表情をしながらもケルヴェスはラヴルの傍に近寄った。

ラヴルがいくら忙しかろうが、兎に角用件を伝えなければならない。

一歩ずつ近寄るたびに、ユリアの体を抱いている腕がきつく締められていく。



そんな気配を察し、腕の中のユリアを気にしつつ、ケルヴェスは遠慮がちに口を開いた。


「大事な話です。少し、その方を遠ざけて頂けると宜しいのですが」

「このままでいい。ユリアのことは気にするな。彼女は何を聞いたとしても、決して口外しない」


ケルヴェスは唇を引き結び、迷ったようにユリアを見つめている。

その表情を見たユリアは、身動きのしづらい中、なるべくケルヴェスから離れて顔をそむけ、話を聞く気が無いことを態度で示した。



「――――いいでしょう、分かりました。・・・では、失礼致します。ラヴル様、少々御耳を宜しいでしょうか・・・・・」


ラヴルの耳元でケルヴェスの唇が僅かに震えるように動いている。

唇が動くたびにラヴルの顔が徐々に顰められていき、眉間に深い皺が刻まれた。



「・・・セラヴィが・・・?」


「はい。お早く、との仰せです」


「よりによってこんな時に―――分かった、仕方ないな。すぐに行く」



体にぴったりとくっつくように抱き締めていた腕が離され、大きな手が細い肩に乗せられた。

ラヴルの体がすっと屈められ、漆黒の瞳がユリアの視線の位置まで降りてきた。

いつも不敵に輝いている妖艶な瞳が陰り、少し辛そうに見える。


――やっぱり体調が悪いんだわ・・・。


「ユリア、今から出かけなければならなくなった。今夜は一緒に過ごせない。寂しいだろうが我慢してくれ」


「・・・私は、平気です」



ふぃっと横を向くユリアの頬に、ラヴルの唇がそっと触れた。

ゆっくりと離される唇。


「明日、また来る。それまでいい子で―――」