娘は全く分からなかった。どうしてここにいるのか。

どうして鎖に繋がれているのか。

この男は誰で、さっきからずっと、ドアの横で怖い顔して椅子に座っているあの男は誰なのか。


そして、自分は誰なのか―――


覚えているのは、街をぼんやりと彷徨っていたとき、突然何か薬のようなものを嗅がされたことだけ。

眠りから目覚めて、気が付いたらこの状態になっていた。

自分がどこの誰であるか、今まで何をしていて、どうしてここにいるのか、全く分からなかった。


鎖に繋がれ自由に出来ない環境と、何かを思い出そうとすると痛む頭に気が滅入り、次第にものを考えることもおっくうになっていった。

無表情のまま過ごした数日間。

一体何日ここにいるのかも分かっていない。

男が示したほんの少しの優しさに触れ、忘れていた感情が一気に体中に戻ってきた。

涙に潤んだ目で、男に必死に問い掛けた。


「ねぇ、あなたは知っているんでしょう?私はどうしてここにいるの?」


「本当に何も覚えていないのか?」


娘は男の顔を見て無言で頷いた。


男は迷いながら娘の顔を見つめた。

涙に濡れた瞳で必死に問い掛けている姿が気の毒になり、言ってはいけないこともあるがこれくらいなら良いだろうと、少しだけ教えることにした。



「あなたは、2週間前にボスがこの場所に連れてきました」


「2週間前・・・?もう、そんなに経っているの?ここはどこ?ねぇ、私をどうするつもりなの?」



ドアの横にいる男の様子を窺いながら、男は娘の耳に口を寄せて小声で言った。



「すみません。私もよくは知らないんですが、あなたは今夜出かけることになるそうです」


「出かけるって何処に?」



娘の声も釣られて小さな声になった。

が、次の男の答えに驚き、つい大きな声を出してしまう。



「オークション会場・・・・です」


「え・・・?オークション!?」


「はい、あの・・・あなたは今夜――」




「おいっ!お前!余計なことは話すな!それを片付けたらさっさと行け」



いかつい顔した男は脅すように大きな声を出し、優しげな男を睨んだ。


男はぶつぶつと小さな声で何かを呟きながら、皿を持って部屋の外に出ていった。


むっすりとした顔でドアの脇で番をするように座っている男。


この男なら何か知っているかもしれない。


娘は勇気を出して聞いてみることにした。