ヒトの流れに逆らい、必死にモリーの元に向かってご婦人の家に辿りつき、無事なのを見て「良かったぁ・・・」とホッと一息をついたビリーは、休む間もなく荷車の準備を始めた。


「このまま家の中にいちゃ危ねぇ。クルフ達のとこに行くぞ」


杖付く爺様をビリーが背負い、モリーはご婦人が支え、そろそろと歩く。

荷車に三人を載せたビリーは、一歩を踏み出した。

「みんな、いいかぁ!?行くぞぉ!」


ビリーは恐怖心を打ち消すように大声を出し、力一杯荷車をひいた。

皆がいる広場へ―――





――大丈夫だ。魔王様がきっと何とかしてくださる――



と、誰もが沸き上がる不安感を抑え励まし合う。皆がいる広場から望めるのは、魔王の住む荘厳な城。

民の希望を一心に集める婚儀会場。

そこの外。大ドアのそばでは、ユリアとアリが向かい合って立っていた。




「アリ、退いた方がいいわ」


なるべく脅すような口調で言って、アリに向かって抱えている物を投げるべく身構える。



「笑うなんて、貴方失礼だわ。私は、本気なんだからっ!」


――兎に角セラヴィのところに行って、儀式をしなくちゃ――



この使命感に囚われた心は、冷静な判断を少し欠いていた。

逃げようともせず微動だにしないアリに向かって力一杯よいしょと投げたそれは、届くはずもなく。

ぼでん・・・・と、重い音を立ててすぐそばに落ちた。


はぁはぁと息が切れる。

これだけのこともできないなんて、情けなさ過ぎて涙が滲む。

唇を噛んでアリを見つめた。


一歩近寄って、落ちた石を眺めたアリは静かな声で言う。



「これが、貴女様の本気ですか・・・」


「そうよ。私の精一杯よ。笑いたければ、笑うと良いわ」


「笑いません――――仕方がありませんね。私は常に傍にいます。危険と感じれば、すぐに出る。無茶はしない。約束できますか」



ぐ・・と詰まる。

約束なんて、出来ないししたくない。


「それは・・・」


―――っ、でも待って。

おかしいわ、どうしてアリの方が優位に立ってるの。

確かに、男の方だから力は強いけれど立場は私と同等の筈、しかも、私はこの国の次期王妃なのよ。

そう考えれば、急に自信が湧く。



「約束は出来ません。一緒に中に入れば、貴方は私を護ってしまうのでしょう。迷惑です、そこにいて下さい」



胸を張って毅然とした態度をとってきっぱりと言ってみせ、黒塗りの立派なドアを開けるべく進んだ。


とても大きなドア。

私の力で開けられるのかしら・・・。

一抹の不安を感じながらドアノブに手を置いた。


――どぉぉぉぉん・・・ん・・・――――


轟音が街の方から聞こえてきて大地が大きく震えて、よろめいてドアに体がぶつかった。

焦りが生まれる。急がなくちゃいけない。

壁が剥がれ落ち欠片がバラバラと落ちてくる。

腕に頭に当たるけれどそんなの構っていられない、ここを早く開けなくちゃ。

まだ揺れる中ドアを開けようと格闘していると、体に影が出来てパラパラと落ちてくる破片がひとつも当たらなくなった。

見上げればアリが覆いかぶさっている。



「貴女様は、かなりの強情ですね」