この日を、どれだけ待ち望んでいたことか―――


「その事、貴殿の主人はご存知なのですか―――」

「誰だ!?」


突然に降ってわいたような声に驚き男が振り返れば、霧のようなもやがヒトの形をなし始めていた。


「やっと尻尾を出しましたね。貴方には、苦労させられました。何もかも、貴方の仕業なのですね。賊を操り人の世を責め滅ぼしたのも、黒髪の娘を亡き者にしようとしたのも、すべて―――」

「っ、貴様は、ケルヴェス」

「薬師も、王の薬湯に毒を混入させていたことを白状しましたよ。観念して下さい―――ジン殿」

「く――――」


ジンはギリリと歯を噛んだ。

こいつが嗅ぎ回っていたとは、全く気付かなかった。

ここにきて掴まる訳にはいかない、相手はケルヴェス一人だ、何とかなるだろう。

そう決め込んで余裕な態度を見せる。


「―――何を言ってるのか、わからんな。それに、一人で私の前に現れるとは、随分な自信だな?」


ジリジリ動いて間合いを詰める。

近距離戦に持ち込めば勝機はあるのだ、私をなめるんじゃないぞ。



「証人が必要ならば、私が、おりますぞ」


背後から飛んできたしゃがれた声にハッとする。これは・・・。


「貴様は、御殿医のルルカ」

「ジン殿。貴方のようなお方が、何故、このようなことを為さるのですか」


哀しげなルルカの顔。

ジンは戦闘態勢を緩め、諦めたように天を仰いで言った。



「決まっている。我がゾルグ様を魔王にするためだ」


これ以外に何がある、貴様らにはわからんだろうが、とジンは言葉をつづけた。


「あの方には、事政務に関してはセラヴィ王を超えるほどの天賦の才能がある。ゾルグ様が魔王になれば、ラッツィオや小国も配下に置く事が出来るのだぞ」


人の世にも自由に下りることだって可能だ。

素晴らしいと思わないか!


そう言ってジンは高らかに笑った。



「このような大それたこと、貴方お一人では無理でしょう。ゾルグ様の指示なのですか」


質問しながらも、ケルヴェスはじりじりと間合いを詰めている。

早く捕縛してセラヴィ王の元に行かなければいけない。


―――が。

パッと見気を緩めてるようにも感じるが、不思議なことに、ジンというこの男にはどこにも隙が見えない。

近付きつつもケルヴェスは攻めあぐねていた。



「あの方は関係ない!!ヒトが右往左往する様を端から見て楽しむのが好きなお方なのだ。野心の欠片もないぞ。この件には全く関係ない。黒髪の娘がラヴル様の屋敷に入ったことを知り“奪って妻に”と進言したら、あろうことか、魔王と黒髪の娘を何とかしてくっつけろと、私にお命じになられたのだ。この、私にだぞ。苦労して人の姫を抹殺してきた、この、私に―――だ」