ロゥヴェルの繁華街中心の広場に、帽子を深く被った一人の男が現れる。

肩から斜め掛けした鞄の中は沢山の紙切れが納まっていてさぞ重いだろうが、男は平気な様子でスタスタと歩き広場の真ん中に立った。

中身の一枚を抜き取り頭上高く掲げて、声高らかに叫ぶ。



「魔王、セラヴィ様が御結婚なさるぞ!!」



道行く者はみな、ぱっと顔を上げて男を凝視した。

一瞬の静寂のあと、あちらこちらから歓声が巻き起こる。


「まぁ、素敵!なんてめでたいことでしょう!お相手はどんなお方なのか、貴方はご存知?」

「知らないけど、魔王様が見そめられたお方だ。たいそう美麗に違いないぞ。婚儀はもうすぐだ!これで、国は、安泰だぞ!」

「ビラをちょうだい」

「俺にもくれ」


わっとヒトが集まり、あちらこちらから手がのび男の手から鞄からビラが抜き取られていった。


「これは、めでたいぞ!皆、街を清めて祝いの灯を点そうぜ!」


沈みがちだったケルンの街は、すぐに華やぎを取り戻した。










――――・・・一台のヒトを乗せた荷車が、牛に引かれて幅広の道をゆっくりと進んでいく。



「都ならあったけぇと思ったが、やっぱりさみぃなぁ、クルフ」

「あぁ、そうだな。だけど、俺は来て良かったって思うぜ?ビリー。こんなの、一生に一度見られるかどうかってヤツだ」

「だな!」



爺様にナルタから離れろと言われて、深刻な暗い気持ちで旅をしてきたビリーたち。

都に近づくにつれて嫌でも伝わって来たこの祝賀の雰囲気に、最初は落差を感じて驚いたものの今はワクワクと心浮き立っていた。



だってよぉ、魔王様の婚儀だぜ。

どう考えても嬉しいことじゃねぇか。


荷車には「若い者だけで行け」と言い張るのを無理矢理に乗っけてきた爺様と出産間近なモリー、それにクルフの嫁さんとベビーがいる。

寒さと長旅で疲れちゃいるが、皆の顔は随分愉しげだ。

隅には、これでもか、とアレコレと詰め込んでパンパンに膨らんだ鞄が数個積まれている。


ありったけの金貨を持ってきて、こっちで暮らす算段をしてきたがこの分だと何の心配もいらねぇな。

けど、ナルタに戻るにしたって、魔王様の婚儀のあとだ。

こんな目出度いこと、見逃す義理はねぇぜ?

クククと笑い、煌びやかな町並みの様子を眺めた。

道行く奴ら皆浮き足立って見える。



「おい。さすがは、魔王様の御膝元だなぁ、そう思わねぇかぁ?クルフ」

「あぁ、全くだぜ」


あのとき引きかえさなくて良かったなぁと互いに言って、ガハハと笑い合う。



「とりあえず、今日泊る所を見つけねぇとな」

「見つかるかあ?こんだけヒトがいちゃなぁ・・・」



時は魔王様ご婚儀直前の日。外国のヒトたち、国中そこかしこから来たヒトたち、いろんな毛色が繁華街を歩いていていつにも増して賑わっていた。

さぞかし宿はとりにくいだろう。

だんだん荷車が通るにも苦労し始める。