小さな命。

このコもこの世界で生まれて育った魔の中のコ。

世界がなくなればこの可愛い姿も、無になる・・・。



「・・・この世界は今、大変なことが起こってるらしいの・・・」


呟くように言うと、ヒインコはぴくんと反応した。

じっと見つめてくる瞳が揺れているよう。



「あなたも、そう感じてるの?・・・不安なのね・・・」



体を包むようにてのひらで囲めば、温もりが伝わってきた。

小さな体・・・ポケットにも入れるほどに・・・。

その向こうにある冷たく無機質な板に目をやれば、昨日見たセラヴィの瞳と重なる。

いつも透明なそれは、ここのところずっと曇っていた。



「私に、あの曇りを拭うことが出来るのかしら――――」


手を伸ばして白濁色の所に人差し指を当てればひんやりと冷たく、指先はしっとりと濡れた。

ガラスを伝い落ちる水滴を目で追ったら、指が自然に動いて小さな文字を描いた。



胸の奥に仕舞い込んだ短い言葉。

この先も口に出せないだろう想い。

この国の誰が見ても分からない、今はなき祖国の文字がガラスに浮かぶ。



『五日後に儀式を行う。それまでに、覚悟を決めよ―――決定は、覆さん』



こう言ったセラヴィの声は、とても決意に満ちてて強かった。

あまりに急なことで、唇が震えて何も言えずにただ漆黒の瞳を見つめ続ける私の髪を撫でて、「私に任せろ」「貴女に不安な思いはさせん」と、何度も囁くように言うセラヴィは穏やかだったけど、少し哀しそうにも見えた。



「―――覚悟・・・か・・・」



別の覚悟なら、既にしていた。

けど、周りの状況は当初に考えていたものと全く違っていて・・・。



―――魔王の妃―――


創始の森でティアラに会ってから、今日で四度目の朝日が登った。

雨上がりのあの日、ケルヴェスに連れられてここに来て、何ができるともなく漫然と過ごした日々。

もう何度目の朝を迎えたのかもわからない。


世界の中心、ロゥヴェルの荘厳な城。

窓の外には変わらずに緑の山肌があって、見上げれば青い空がある。


魔王がティアラと一緒に創ったこの世界を受け継ぎ、セラヴィは弱った体に鞭打って懸命に守ろうとしてる。

この世界にはロゥヴェル、ラッツィオの他に、小さな種族の集団が住む小国があると聞いた。

テスタで出会った様々な生き物たちが思い出される。

あのヒトたちも、この世界の端っこに住んでるんだわ。