「爺様、こんなの昔もあったのかぁ?」


寒さも忘れたように、捲れる袖も気に留めずに腕を天に差し伸べ、カッと見開いた眼で空からふわふわと下りてくるそれの行方を見つめる爺様。

綿の欠片のようなその粒は、地面に触れるとすぐに溶けてなくなる。



「・・・ビリー・・分からん。分からんが・・これだけは言えるて――――」


自らを凝視する二人の顔を順番に見て、爺様はゆっくりとした口調で言った。



「早いとこ、モリーと一緒にケルンに行った方がいいぞ。クルフ、お前の一家も・・」






ケルンから遠く離れたこの地。

セラヴィの懸念通り、いや、それ以上の気候となって、朝から雪がちらちらと舞い落ちていた。

早朝の街。うっすらと白く化粧を施した景色は、日頃の景観の良さも相俟って、生憎の曇天とはいえ目を瞠るほどに美しく映る。

量は少なくとも降り続く雪。

この現象を、その綺麗さから滅多に訪れない素晴らしい奇跡ととらえる民もいれば、何らかの波乱が起こる不吉な前兆と、不安げに双眉を歪め天を仰ぐ民もいる。



街の管理者ゾルグは、この様子を寝室の窓から眺め、思案に暮れていた。

裸体にガウンを羽織っただけの姿は、起き抜けに気候の異常を感じたためだろう。



―――このままでは、不味いな・・・。

ナルタの地を清め植物を育て管理することは、任されてる身だ、私にも出来る。

だが、天候は、別物だ。

こればかりは、国作りをする魔王にしか出来ん。



「いや?私でも、やればできるのか?奴は、戴冠したのみ。力の継承なくともやっていたではないか」


ふと浮かんだ考えだが、すぐに首を横に振る。


・・・・いやいや、やはり無理だ。

そもそも奴とは魔力が違いすぎる。

いや、待てよ。

気候を変えることは出来んが、雲を払うことくらいは私にも――――


しかし、根本を解決せねば、同じことか――――・・・




「ゾルグ様、どうかなされたのですか?今朝は、随分寒いのですね」



ベッドの中から、思考を中断するような気だるくか細い声が掛けられる。

ベッド端に座り、乱れた柔らかな髪を指先で整えてやると、擽ったそうに首をすくめた。

実に、愛らしい。



「ふむ、貴女は寒いと感じるのだな。今、整えるから待ってろ」



綺麗な額に唇を落としたあと、すくっと立ち上がったゾルグは両の腕を広げた。

瞳が紅くなれば、室温が日だまりのような暖かさに変わっていく。



・・・室内ならば、制御出来るのだがな・・・




「―――外出する。支度せよ―――」



命を城の中に響き渡らせ、ゾルグはガウンを脱ぎ捨てた。

儀式の招待状がゾルグの元に届けられたのは、この後すぐのことだった。