昨日まではそれほどでもなかったのによぉ・・・。

震える声でぶつぶつと呟くと、白いものがもやもやと出る。



「おぉ?なんだぁ?この白い煙は?」


経験のないことに驚きつつもどうやら自分から出てるようだと気付き、何度も確かめるようにはぁはぁと息を吐く。

何度目かの後、自らの口から出る湯気のようなものだと漸く理解できた。


普段は暖かい気候に安定している魔界。

雨の日に寒いと感じることはあるが、こんなに、指先が凍るほどに寒いのは、国中探しても誰一人として経験していないだろう。

厚手の服を何枚も重ね着してはいても、どうにも寒い。

ガタガタと震える体をなだめようと両の腕を摩りつづける手を止め、いつも通りに小屋の中から愛用の籠を出した。



「こんな日じゃぁ、獲物も巣にこもってるだろうよ」



今日は、止めるか?クルフと相談するかぁ・・。

出ても獲れなきゃ、働き損だしなぁ。


そう思った時、ふわりと白いものが舞い落ちて来るのが目に映った。

ゴミか?と思いながらもそのままの固まった姿勢でその行方を追ってると、それは籠の底に留まりすぐに消えた。

水のようなシミが籐の籠に残る。



ばばっと襟元を下げ上着に埋めていた顔を出して帽子を取り、空を見上げる。



「―――こりゃぁ一体・・・何だぁ?」



薄墨色の空から、白いものが幾つもふわふわと落ちてくる。

試しに手で受ければ、さっきと同様にたちまちに溶けてなくなってしまった。


・・・雨は、何度でも見たことがある・・だけど・・・


呆けたように掌を上に向けた姿勢のままでいるビリーの髪に、小さな白い塊が付いては溶ける。

と、横からクルフの呑気な声が聞こえてきた。



「おい、ビリー。知ってるか?街はこの白いのが溜まっちまって、道も屋根も白くなってるそうだぞ?『それは綺麗な景色だぜ、あれは魔王様が起こした大きな奇跡だ』つって、ミルク屋が自慢げに言ってたぞ」



狩りに行く前にちょいと見に行くか、滅多に見れないぜ?とにこにこ笑う顔は随分愉しげだ。

そんな顔を見つめるビリーの瞳は、恐怖に揺れている。



・・・マジかよぉ、クルフ、ちょっと待ってくれよぉ。

何でそんなに愉しそうなんだよぉ・・・

頭がわりぃ俺でも分かるぜ?

どう考えても、こりゃ異常過ぎんだろ?

昔には、こんなんが空から落ちてきたことがあるのかよぉ・・・



「じ・・爺様ぁ!・・・爺様よぉ!寒いとこ悪ぃけど、ちょっと外に来てくれよ!」



普通にはないビリーの呼び声に反応して、何だ?と寒さに震えた声を出し杖をつきながらよろよろと出てきた爺様は、空を見上げた途端に顔を歪めて絶句した。

その様子を見たクルフの顔から笑みが消え去り、不安げに爺様とビリーの顔を交互に見た。