「それは、どうしてなのでしょうか」


こんなに名前が思い出せないのは、誰かに術を掛けられてるせいなの?

それは、いつかは解けるものなの?

私は、いろいろ思い出さないといけないのに。



―――・・・わかりません。

ですが、あるきっかけによって檻が壊れ解けることは間違いないでしょう。

それが何かは、分かりませんが・・・―――



考え込むように瞳を伏せていたティアラの真剣な顔が急に崩れて、ふふふと声を立てて笑った。


―――・・・それと、もう一つ教えて差し上げますわ。

貴女は、幼い頃に魔族の男の子と出会っていますでしょう。

その方は、吸血族の王族のようですよ?・・・―――



「え・・?」



自分の耳が信じられない。

今、ティアラは何て言ったの。

吸血族の王族って言ったの?

どうしてわかるの。


「あ・・あの男の子が生きていると言うのですか?」



あの、優しい子が。

迎えに来てくれると言ってくれていたあの子が・・・?

王族?



―――・・・えぇ、あの力は王族のものですわ。

きっと、誰なのか、じきに分かると思いましてよ?

数少ない殿方です。

それまで、楽しみになさってるといいわ・・・―――



王族、それは誰なのかと訊ねても、ティアラは愉しげに笑うだけでちっとも教えてくれない。

自力で探した方が楽しくてよ、と。

にこにこと微笑んだまま、ティアラは帰りの入口の場所を指し示した。



―――・・・貴女はセラヴィ王の妃の約束はありませんが、ここにはいつでも訪れることが出来ます。

・・・どうぞ、貴女の意のままになさるといいわ。

私は、貴女を応援しています・・・―――



そう言葉を残し、ティアラの姿が薄くなっていく。


「待って!また、貴女に会えますか?」



―――・・・必要であれば、会えることでしょう・・・―――



ティアラの姿が完全に消えて、瑠璃の泉の碧が目に鮮やかに飛び込んでくる。


ここは、ラッツィオ。

バルのところに戻ろうと思えば、そう出来る場所だ。

皆に会いたい。正直、迷う。

けれど私は、ティアラの見せてくれたものを噛みしめ、これからどうするかを真剣に考えなくてはいけないと思う。

魔王の妃、なるにしても、ならないにしても、セラヴィにきちんと答えを伝えなければ。

私のことを“クリスティナ”と呼ぶ彼に―――


ポケットの中がモゾモゾと蠢く。

ヒインコが出ようとしてるみたい。


「私は、魔王のところに戻ろうと思うの。あなたも、一緒に行ってくれる?」


そう問いかけたら、羽ばたき飛び回りながら、綺麗な囀りを聞かせてくれた。


―――ありがとう―――


私は、戻るべく、立ち上がった。