「我が妃になるは、嫌か?私のことが、きらいか?」



穏やかに囁くように言いながら大きな掌が頬に向かっておりてくるけど、触れる寸前でピタリと止まった。

瞬間に眉を上げたセラヴィの顔が少しだけ歪む。

唇をキュッと結び、何か見えないものと闘ってるようにも見える。



「くっ・・・ラヴル、がっ・・」



忌々しげに呟いた後に、宙に浮いていた掌が引っ込んだ。

覆い被さっていた体が退き、同時に体の縛りも解ける。



何だかよく分からないけど、何とか危機を脱したみたい。

極度の緊張から心と体が解放されて、ほぅ・・と息を吐いていると、再びベッドが軋む音がして覆い被る体にどきりとする。

逃げる間もなくて、端正な顔をつい凝視してしまった。



「ふむ・・・やはり急ぎ過ぎたようだな。もう何もしないから安心しろ」



掌が目の前の宙を動くのと同時に髪を撫でられた感覚がした。

ふわっと微笑むその表情がとても哀しげに見える。



「貴女は、今。名を何という?」



―――この方は・・本当に、悪者なのかしら―――


「・・・ユリアです」


「ユリア、か・・・侍女を呼ぶ。しっかり食事を取れ」




そう言い残して、セラヴィは部屋の外に出ていった。

しばらくの間、耳を澄ませる。


今、鍵を掛けた音は聞こえなかった。

ということは、いつか逃げられる機会が出来るはず。

ドアの向こう、廊下の様子だけでも見られれば。


意を決して起き上がり毛布を剥いだ自らの体を見てギョッとする。

急いで毛布を引き寄せて、ぐるぐるに巻き付けてその場にへなへなと座り込んだ。



―――もしかして、私、一晩中この姿だったの?

朝隣にいた彼は・・セラヴィは、ずっとベッドで一緒だったの―――?



昨日のことやさっきまでのこと、羞恥心だけでなく恐怖心も、いろんな感情が一息に湧きあがってきてぐるぐると回り、どうにも制御できなくなる。

もういてもたってもいられない。



「まったくもうっ、なんてことなのかしら!」



毛布の端を握り締めて、行き場のない憤懣を発散するように叫ぶ。

手近に物があれば是非とも壁に投げつけてみたい。

はしたない行為だけど、そうしなくてはいられない程に、精神は追い詰められていた。


ここは知らない場所だもの、知ってるお方もいないし何かないかしら、とキョロキョロと探す。


と、激しいノック音が何度も響き

「大丈夫ですか!?」

「何か御座いましたか!?」

と衛兵らしき男性の声が、二人分聞こえてきた。