そんな眠れぬ夜を過ごす城近く。

城下町から少し外れた所に、木立に囲まれた土地に建つ小さな屋敷があった。

化粧板が剥げていかにも年月の経った風情。

色あせた家具。すり減って布模様が剥げたソファ。

使いこまれてあちこち沁みのある小さなテーブル。

古びた木製のドアは金具が錆びて開閉するたびにキィキィと軋む音を立てた。

とても屋敷とは言い難いこの家に住むのは、似つかわしくない身なりの男性。



「いくら磨いても変わらんな・・・」


部屋を一瞥し白髪交じりの頭を振り小さなため息を吐く。

使用人の努力のおかげで小奇麗になり少しは住みやすくなっているものの、自国で暮らしてる部屋に比べれば雲泥の差だ。

硬くて寝心地の悪いベッドに入るには少しの我慢と適量の薬がいる。

ここに来て毎晩の習慣となっているワインを傾けながら思考にふける。



こんなところに隠れ住むのはいつまでのことだろうか。

いつ我が野望が叶うのだろう。

最近になり事はまるで上手く運ばず、あちらもこちらも未だに存命中だ。


グラスを置き、城の方角に目を向ける。


例の娘も狼の王子の加護の元に安穏と暮らしている。

あの娘がいる限り安心ができないのだ。

いつ何時記憶が戻るか分かったものじゃない。


折角、記憶の鍵となるカフカのコックを捕え遠ざけたというのに、あの狼の王子め・・・。

カフカから宝を持ち帰ったと言うではないか。

危険を冒してまで異界に旅立つとは。

そこまで娘を愛しているとは、そんなこと計算外だ。



卑しくも舌打ちが出る。

私の考えが浅はかなのだろうか。


じっと自らの掌を見つめる。


―――この我が手で、運命は、歴史は、動かせんのか―――


ぐっと握った拳が震える。

溜め込んだ憤懣を解消するように背もたれにぶつければ、びぃぃん・・と座面の下から間抜けな金属音が聞こえて来て却って怒りを増幅させた。


「まったく、なんて安っぽいんだ!」


壊すぞ、などと悪態を吐きながらワインを一気に飲み干す。



このままでは駄目だ。

計画を立て直す必要がある。

もっとしっかりと。

先ずは、もっと沢山城宮の者を抱きこまねば・・・。

いやいや、そんな悠長なことはしてられん。

何しろ急がねばならんのだ。



ここに来る道すがらに『耳』から掠め取った情報によれば、ラシュの実が出回り国土崩壊の危機に気付く民はいるが混乱を招くようなものではないという。


当然だ。

国土が安定してより千年以上になるのだ。

魔王の体の崩壊より先に国が崩れ始めるとは、誰が信じられようか。


このまま進めばこの先上手く事が運んだにしても、後の処理が大変なことになる。


全く、吐き気がするほどに悩ましいことだ。