注視すれば、それはだんだんに人の形を成していく。


「参りました。気付けば彼と知らぬ場所にいましたよ」


この声は―――

ぞくっと背中が震える。



「大変でした。ここを探り出すのに時間がかかりました。彼はやりますね」



話しているうちにそれは体の輪郭がくっきりとしていき、やがて完全にケルヴェスの姿となった。


そういえば。

初めて見たときも、こうして部屋に入り込んで来たのだった。


「アリは・・・彼は、どうしたの?まさか・・」



最悪の状態が頭を過る。

そんなことあって欲しくない。



「申し上げておきますが、私は何もしていません。気を失い息も絶え絶えの様子でしたので、そのままその場に置いてきました」



置いてきた、だと・・?と呟くジークの腕が、ぶるぶる震えてるのが伝わってくる。


「例え敵だとしても、その状態の者をそのまま置いてくるとはどういうことだ!!」


見上げれば怖ろしい形相でケルヴェスを睨みつけている。

きっかけさえあればすぐにでも襲いかかりそうな気が濃く漂う。


「申し訳ありません。急いでいたものですから」


丁寧に頭を垂れるケルヴェス。

ぐぅぅ・・・と唸り声が耳の傍で聞こえてくる。



「彼は何処にいるの。教えて」


そう問いかければ、さぁ?何処でしょうと言って、飄々とした様子で首をひねった。

その態度がジークの心を刺激したよう。

お前は黙ってろと言いながら、ジークはゆっくりと私を下ろして背に庇うように前に進み出た。

ぶつぶつと何かを呟くのは、事態を打開する策を考えてるのか、ケルヴェスを倒す術を探ってるのか。

唇を噛みしめながらジークの服を掴む。


私も気持ちは一緒よ。

でも、お願い。早まったことだけは、しないで。



「ですが―――私もやりすぎたと、これでも反省しているのです。交換条件を出しましょう。彼女が大人しくこちらに来れば、周りにあった物を教えます。地元な医者の貴方には分かるでしょうから。すぐに行けば間に合うかもしれません。私はもう手を出さないと約束しますよ」



両掌を此方に見せ、あくまでも穏やかに紳士的な態度でどうですか?と問いかけてくる。



「それに、言っておきますが。狼の王子は此方には気付きませんよ。賊の張った結界に加え、私も施しておきましたので。二重の結界というやつです。それに、暫くは一般客も通らないでしょう」


貴方が帰しましたからね、誰もこの状況に気付きませんよ、と言って不敵に微笑む。



この状況。

きっと、何もかもが彼の思い通りなんだわ。

それに結界だなんて。

だから、音も何も聞こえなかったのね。

彼の言う通り、バルは私たちがこんなところにいるなんて思いもしないはず。

城に戻ってるものだと思ってるわ。


ジークが「いいか、絶対に奴の言うことなど聞くな」と言ってくる。


けれどこうしているうちにもアリの命は・・・


それにジークも・・


どうすれば―――