―――今、バレたかしら。


まるで体全体が心臓になったかのよう。

脈打つ鼓動が全身を震わせて上手く脚が動かせない。

やっぱりもっと歩く練習をしておけばよかったと後悔しても今更だ。

アリの特技で移動するにしても、負傷してるもの無理は出来ないはず。

誰一人怪我することなくこの場から上手く逃げるには

一体どうすれば――――



張りつめた空気の中懸命に考える。

皆が無事に城に帰りつくには、どうすればいいの。



「それは恐らく、私の邪魔をする目的もあったようですね。警戒を強めさせる目的があったと推測します。あわよくば、黒髪の娘の命を―――ということも考えていたのでしょう」


よく守ってくれました、御礼申し上げますよと丁寧な口調のケルヴェス。

まるで何もかもを知っているように感じる。

言葉の端々から伝わる落ち着き払った雰囲気は、これから一戦交える緊張感なんて微塵も感じない。

きっと、負けない自信があるんだわ。

私を逃がさないことも。



「当然のことです。貴方に礼など言われる筋はありません」

「・・そうでした、御苦労様と言うべきですか。狼族にとっては古よりの慣習―――知ってますか、今黒髪の娘を失えば世界はとんでもないことになることを。私共は、何としてもそれを阻止せねばなりません。――聞こえますか。貴女様には必ず主に会って頂きます。逃げないよう願います」



今までになく低い声が辺りに響く。

強まった語気をきっかけにして再び動き始めたのだろうか、アリの体が後退りをしてくる。

隣を見れば、強張ったまま前を見据えるジークの額から汗が滲み出ていた。

やっぱり、この中の誰よりもケルヴェスは強いんだと感じる。



彼の狙いは私。

その私さえここから離れていけば、二人に危害が及ばないはず。


もう少し。

もう少し下がれば、馬車の下に潜り込んで隠れることが出来る。

そうしたら、馬の綱を外して―――――


頭の中で何度も動きを予習する。

馬に乗ったことはないだろうけれど何とかなるわ、多分。


こくんと喉を鳴らす。


二人を守らなくては。

失敗は、出来ない――――



「残念ですが私にその様な脅しは利きません。貴方は知っているのですね。城の事件すべての犯人を」