ラッツィオの男女に一夜の夢をもたらしたヘカテの月。

温かな光が山の間から輝き始める頃になると、女神の姿も消え去り、ふんだんに降り注がれていた魔力も徐々に薄らぎ始める。

一夜明け、濃密な時を過ごした者たちは、眠い目を擦りつつベッドから体を起こした。

空気の中に溶け込んだ力の影響を受けつつ、各々が自分の相手と熱い口づけを交わし、また会うことを約束して名残惜しげに別れる。

朝日が当たり始めた道に、身支度を整えに家路を急ぐ姿がちらほら見える。

警備に巡回していた衛兵たちも、ヤレヤレとばかりに肩の力を抜き、剣を翳して班長が出す交代の声を聞く。

ヘカテの翌日に見られる、いつもの朝の光景だ。


この、数時間後――――――



空に日が高く上り、皆が生き生きと働いて心地いい汗を拭う頃、ユリアは未だ天蓋の中で毛布にうずもれていた。

日が徐々に動き、カーテンの隙間から漏れた光が天蓋の中まで射し込んで、ユリアの白い頬に当たった。



「・・・ん・・・まぶし・・ぃ・・」



小さな呟きと共に、長い睫毛がふるふると揺れる。


・・・この明るい感じ、もう朝なの・・・?

そういえば、いつもの元気な声が聞こえないけど、今何時なのかしら・・・。

リリィが来る前に目が覚めるなんて、私、今日はとても早起きだわ・・・。



眩しさから逃れようと、いつもより気だるい体をもぞもぞと動かす。

何故か、ギシギシと節が痛んで、おまけに脚腰がだるい。

動かし難い体をなんとか捩ってベッドから起き上がろうとすると、ふと色気を含んだ漆黒の瞳が思い浮かんだ。



――――っ、そういえば。

私、昨夜はラヴルと―――



・・・抱き寄せる力強い腕。

肌を這う長い指・・・何度も名を呼ぶ唇。

切なげな漆黒の瞳・・・。


いつも、悔しいくらいに余裕たっぷりなのに、あんな切羽詰まった顔は初めて見た。

ぼんやりとした寝起きの頭が目覚めるにつれ、めくるめく出来事が嫌でも再生される。

体の芯がきゅんと痺れてドキドキして、顔に熱が集中する。

起こしかけた体をもう一度毛布の中にもぐりこませた。

とても起きることなんて出来ない。



―――刻み込む―――


確かに忘れられない。あの荒々しくも優しい指。

体中に口づけを受けて、幾度も夢の世界に導かれた。


うー、と言葉にならない声を出して頬を覆い隠す。


今、リリィに来られてしまったら、真っ赤な顔を見られて

“どうしたの?体調が悪いの?”

なんて、心配されて追及されてしまう。


そうしたら、何て答えればいいのか分からない。