だが、それでも良い。

早くこの腕の中に入れ、この手で慈しみたい。

この身の内から溢れ出る愛情を、華奢な体にたっぷりと注ぎたい。


だが、運命というものは呪わしいものだ。

世界を作る魔王でさえも操れぬとは―――


もどかしさと嫉妬で、身の内が焦げるように熱い。

私が、このような状態に陥るとは―――・・・。


目の前の空間を見据える瞳には、燃えるような熱と冷酷な光が同席する。

高い志と生を諦めない強い心。

愛する者を次々に失い何もかもを自棄し、一度は諦めた生。

どうせ崩壊するから、すぐに譲位するからと、半ばおざなりにしていた政治。

そんな私を奮い立たせ、諦めないことを思い出させてくれたのは、彼女の存在だ。

彼女が、失っていた希望を蘇らせてくれた。

最早、この体が欲しいと願うのは彼女自身。

クリスティナでなくとも良いのだ。

何者であったとしても、欲するのはただ一人、彼女だ。




――――カタン・・・




小さな衝突音を立てて、部屋の隅に跪いた体がスーと現れた。



「・・・・セラヴィ様、申し訳ありません」



頬にはいく筋もの長い傷を負い、額には流れた血が拭かれることもなくそのままに乾いていた。

顔だけは、満身創痍だ。

努力の結果の印象付け、か。



「・・・その怪我は何だ。貴様ならばすぐに治せるだろう」



憮然とした声を出すと、垂れていた頭を更に下げた。

背中と頭しか見えなくなる。



「余りにも不甲斐なく。自らへの、戒めでございます」



ふん、と鼻を鳴らしてケルヴェスを見据える。



「私には、とてもそうは思えんが。まぁ良いだろう――――で、どうなった?」



最後の言葉には、冷気を乗せる。

部屋の温度が一気に下がる。

その気になれば辺りを凍てつかせることも出来る、それ。

ケルヴェスの体が小刻みに揺れ始めた。

恐怖か、それとも、寒さか。もしくは両方か。

いずれにしても、畏怖を与えていることは事実。

頭を上げることもせず、目を合わせようとしない。



「一旦は、ラヴル様の元へ行かれました。が、今現在は城に戻られております」



―――ふむ、やはりそうしたか。

狼の王子が帰城し再び庇護すれば、私とて簡単には手が出せないと見たのだろう。

しかし、それはラヴルとて同じことだ。

一度は奪還したというのに――――



クククと、喉の奥に笑いがこみ上げる。


全く、実に愉快だ―――



跪く体の前に屈みこみ、垂れる頭を上げさせ掌で一撫でする。

見るも無残だった傷口が塞ぎ、血の跡も消えた。



「ケルヴェス。貴様に、今一度チャンスを与えよう――――」