ナーダは零れてくる目の水を手で拭い去り、部屋の中を見廻した。

ここは、元はユリアの部屋。

調度品もベッドも何もかもが排除され、ものの見事に何もない。

まさに空っぽな空間。

本当なら、毎日こんな風に掃除する必要などないのだ。


が、主の姿はなくても、何もなくても、ここはラヴル様の大切な方が使用する部屋。

塵ひとつ残さず磨きあげ、ランプシェードもきちんと手入れをしておかなければならない。

ラヴル様からそう命じられてもいる。



ラヴル様が屋敷に来られた時、たまにこの部屋に入ることがある。

何もないというのに、部屋に入り暫くの時を過ごされていくのだ。

一度用があった際に覗いたことがあるが、その時は灯りも点さずに窓を開け放ち、静かにそこに佇んでおられた。

瞳はしっかりと閉じられていて、外の景色を見ているというわけではなく、ただ窓際に立っておられた。

傍に寄って用事を伝えようとしたところ、そのままの姿勢で微動もなくこう仰った。



「ナーダ、この部屋の清掃は決して怠るな」



何をお考えなのかは分からない。



けれど、ラヴル様もそろそろ新しいお方が必要であることは確か。

ユリア様の姿が消えたことを知った貴族方が、自慢の令嬢の絵姿を毎日のように送ってこられてることは知っている。

この屋敷のラヴル様のお部屋に山と積まれている。

ケルンの屋敷にはどの程度来てるのか、想像するのも嫌になる。

かの地は都。ここ以上の山であることは確かだ。

だからある日突然、大切な方をお迎えになることをお決めになり、いつ新しい調度品が運び込まれるとも分からない。



ラヴル様はもうユリア様を探すことを諦めたのだろう。

部屋の清掃を命じるのもそのためかもしれない。

新しいお方を迎える準備。

ユリア様の香りを消す、そのために――――



ナーダはバケツとモップを床に置き、箒を動かし始めた。

今まであったものは捨てたわけではない。

使用できる状態でなくなったたのを処分したのだ。


そうなってしまったあの日を今も鮮明に思い出す。


“身の竦む思い”


久々に感じた震えだった。

体の奥底からじんわりと広がる恐怖。

唯一はっきりと感じることのできる感情だった。