激流の中を奇跡的に生き延び、岸辺に打ち上げられていた娘は、ずきずきする頭をさすりながら起き上がった。


兎に角逃げなければ・・・




娘は小さな街の中を彷徨っていた。

黒髪も服も濡れたまま、ふらふらと歩いていた。


「娘さん、どうしたんだい?ずぶぬれじゃないか」


気のよさそうな太った夫人が話しかけてきた。

娘はぼんやりとした瞳を夫人に向けた。


「分からないの・・・。ここはどこ?」


「まぁ・・・ちょっと待ってな。今拭くもの持って来るから」



夫人はそう言うと急いで家の中に入っていった。

娘は、夫人の背中を見送り、重い足を引きずりながらふらふらと歩きだした。


夫人がタオルを手に戻って来た時は、娘の姿は何処にも見えなかった。




娘が歩いていると、まばらだった家が徐々に増え始め、やがて大きな道を挟んで家々が立ち並ぶ街中に入っていた。

娘が道の真ん中を歩いていると、道を歩いている人や、商店の中にいる人たちが物珍しげにじろじろ見ていた。ヒソヒソと囁き合う者たちもいる。

その中でニヤニヤしながら見ている男が二人いた。



「おい、あれはもしかして―――」


「あぁ、間違いないな・・・」


「手ぶらで帰るところだったが、思わぬところで、良い手土産が出来たな」


「あぁ、そうだな」


二人は顔を見合わせてにやりと笑うと、ぼんやりと足を引きずる様に歩いている娘に近付いた。

一人は娘の前に、一人は娘の背後にまわり、ポケットからハンカチのようなものを取り出していた。



「娘さん、何処に行くんだ?この先は何もないぜ?」


娘は突然話しかけられ、ピタリと足を止めたが、無言で男を見た後、再び歩きだした。

何やらずっとぶつぶつと独り言を言っている。

よく聞いてみると“逃げなくちゃ”と繰り返しているようだった。



男はたがいに目配せをすると、後ろの男が娘の口にハンカチを押し当てた。

すると、一瞬驚いたように目が見開かれた後、静かに瞳が閉じられ、体がぐったりと動かなくなった。

崩れ落ちていく体をしっかりと支え、男はがっしりとした肩に娘を担ぎあげた。



「よし、連れて行こうぜ」