お願い!やめて、呼ばないで!

私の名前はユリアだもの。


クリスティナじゃないの。


あなたの欲する人と違うわ!





“・・・こっちへ来い・・・”




耳を塞いでいても、容赦なく頭の中に侵入してくる。


必死に抗うも、やがて声に支配され、黒い瞳から光が消える。

ぼんやりと前を見据え、ゆっくりと立ち上がる。




―――・・・私、行かなくちゃ――――




“こっちに来い”




―――この人の元に、行かなければ―――


私は、屋敷の外に出ないといけない。

玄関はダメ。ラヴルがいるもの。

そう、あそこしかない。


―――あそこから、外へ―――




体が支配され勝手に動いて行く。

白い腕がドアに伸びる。

ふらふらと廊下を歩き、階段を上がっていく。


ケルヴェスへの対応に追われているのか、屋敷の中には誰もいない。

声に誘導され、見咎められることなく動いて行くユリアの体。




“そうだ・・・こっちだ・・・やっと貴女に会える・・・”



ゆっくりと階段を上がっていく。



階段を登り切ると、細長いドアが暗闇に浮かんでいた。



“・・・こっちに来い・・・・”



木で出来ているであろうそのドアは、軽そうに見えるのにちっとも動かない。

見た目よりもずっと重く、取っ手も少しの力ではまったく動かなかった。

必死で力を込め、そのドアをやっとの思いで開ける。

ふわっと風が吹きユリアの髪をさらさらと揺らした。

風に乗って花の香りが漂ってきた。

外に出ると、綺麗な花畑がみえる。

色とりどりの花弁が競うように咲き誇り、ユリアを誘っていた。



――素敵なところだわ・・・。

私、あそこに行ってもいいのかしら――



“そうだ・・・綺麗だろう。この花が貴女を受け止める。安心しろ”



ふらふらと前に進みでる。



“案ずるな。こっちだ・・そうだ、そのまま来い。我が、元へ―――”




―――私、行かなくちゃ・・・。

この柵を越えて、あの綺麗な場所に行かないといけない。

あそこに、私を待ってる人がいる―――



体が僅かなスペースの中で、ふわりと揺らぐ。

ユリアの体がすーと柵を乗り越えた。




―――待って!!駄目!!そっちは、ユリアさん!!―――



急に叫ばれた呼び声に、はっと我に帰る。



―――っ?・・誰―――



光りが戻った黒い瞳に、小さな白い手が腕に伸びてくるのが映った。


―――っ・・・ここは・・・花畑じゃない。


花畑だと思っていたところには大きな掌があり、ユリアの体を捕えようとそれがゆっくり近付いてきた。




「こっちよ!ダメ!!」




ぐいっと引張られ、体の方向が無理矢理に変えられた。


どこまでも落ちていく感覚。


気を失う間際、あぁダメだわ、ごめんなさい、と言う女の子の声が聞こえた。



ユリアの心も体も闇の中に落ちていく――――