「こちらこそ、直々にご挨拶いただいて恐縮です」

「滅多に顔を合わせる機会がもてないからね。このくらいは当然だよ」


ローズは小さい微笑を浮かべ、黙した。

ひっそりとこの当主を観察する。


ライ・マーレン。ローズの父であるカシスの実兄。
知識に長け、この水大国の政治にも多大なる影響力を有する、非常に切れた人物。
性格は温厚で友好的な反面、敵に回すと非常に危険で容赦ない、ときくほどの危険人物。
また芸術方面にも詳しく、確かな鑑定眼を有し、その美術センスは美術界にも知れ渡っている。コレクターぶりは、廊下の絵画のセレクトからもわかる。

マーレンの家の特徴でもある漆黒の髪は、肩まで綺麗に伸ばされている。柔らかく光を反射する緑色の瞳は、ローズにとっては祖父にあたる二代前の当主譲りらしい。すらっと高い身長に、細くて長い手足。麗しい紳士。年齢はカシスより上だから三十後半だろうが、外見は十分二十代で通じそうだ。


そこでふと、ローズは部屋の壁に飾られているものに気づいた。

二個並べて置かれている本棚の隣に、どこか見覚えのあるような顔立ちの人を描いた肖像画が飾られている。
よく見れば、知らない人だ。だが、なぜか知っているような、そんな気がして、ローズは知らず背筋が寒くなるのを感じた。

気持ち悪い。


なんとなく視線を遊ばせ、部屋全体をみる。

この国の多くの家ではよく見られる、水色中心に整えられた部屋の調度品。

この国は、陸地の半分を水が支配する。
住人たちは水の恩恵を受け、水とともに富と繁栄を築いた歴史をもつ。歴史の背景は、水の支配でもある。
他国の侵入も、土地の特性を生かして防いできた。
自然があふれ、動物と人が共に生きるこの国は、水を崇め、敬ってきた。
それは家具や家、そして時には服すらも水の色と等しくしる文化からも、うかがえる。