巽に十分に体を預けて、彼女はゆっくりと出口へ進んでいく。香月の噂は聞いていた。莫大な借金を背負い、チックに入店した美人素人ホステス。源氏名はミサ。友人が、美人だとうるさいので実は一度、店に行ったことがある。驚いた。それが、香月であった。
 咄嗟に隠れ、そのまま帰った。
 その後だ。携帯がつながらないことに気づいたのは。
 すぐに、まさかとは思いながら桜美院に電話し、榊と落ち合い、奴の仕業でないことを確認した。
「……見間違いか、他人の空似」
 というフザケタ医者に、我を忘れて殴ったほど、俺は混乱していた。
「お前なんか知ってんだろ!! そんなにノンキにしてるってことは!!」
 ふらついた榊は、切った唇を手で拭いながらそれでも冷静に答えた。
「いてーなあ……。知らないよ。けど、携帯が繋がらないことは、知ってた」
「じゃあ早く言えよ!!」
「いや、俺だけ教えてもらってないのかと思ったから」
「……まあ、そう思っても仕方のない位置にいるからな、あんたは」
「それにしても、二千万って……二百万の間違いでも多いな」
「何やらかしたんだか……今の彼氏ってどんな奴か知ってる?」
「うん、あ、いや……前の彼氏は知ってる。一回お嬢様の時に話ししたから」
「ああ、会社の人とか言ってた人から変わったのか?」
「……さあ……」
「そいつのせいかな……」
「さあ……」
「てめ、真剣に考えてねーだろ!!」
 こちらの怒りをよそに、榊はいつものマイペースで話を続ける。
「自分で携帯変えてるんだし、それに居場所が分かってるんなら大丈夫だろう。ただのバイトかもしれないし、噂だって嘘かもしれないし」
「……にしたってなんであんな……」
「お前と一緒じゃないか」
「違うよ、全然。ホストとホステスは全然違う。多分、エレクトロニクスも辞めてるよ。バイトじゃないのは間違いないから。社員で店出て、会社も行けるような仕事じゃない」
「なら、そうなんじゃないのか?」