「回復したらお前は仕事がしたいだろう? 俺にも仕事がある。すれ違いの生活だ。お前も、これから仕事に本腰を入れるのなら、なおさらだろう」
「…………」 
 自宅で巽を待つ生活を思い出した。一緒に住むということは、巽を待つということでもある。
「……私、仕事やめて、あなたの秘書になろうか」
 半分本気で言ったが、巽は吹き飛ばした。
「半年もせずに、エレクトロニクスにバイトで戻るのがオチだ」
「私、秘書検定持ってるんだよ?」
「風間と同じことができるのか?」
 挑発されても、できないとしか言いようがない。
「まず鉄砲の打ち方からだね」
「筋トレからだ」
 一瞬で戦意喪失して笑ってしまう。
「届を出すだろ?」
「え」
 巽はこちらを目を見たまま、何も言わない。
「とどけ……?」
「婚姻届」
 巽の視線が痛いほど突き刺さる。固まる香月の右手を、彼はただゆったりと握り、親指で何度も撫でた。
 最高にロマンチックな瞬間なのに、今そう言われると考えてしまう。
「もう少し、考えよう」
 自分に言い聞かせる。
「お好きに」
 巽は笑いながら手を離した。
「……なんだか、色々変わって……。今、結婚って言われると、分からないし」
「俺は、お前を守るのは、お前と結婚しないことだと勝手に決めつけていたが、そうではないことを思い知らされた。俺は、お前の人生の責任を取る」
 巽は、じっとこちらを見つめたまま続けた。
「あの日、出ていくお前を追いかけなかった俺には、お前の一生の面倒をみる責任がある」
 そういうことか……、いや、そういうことだけではない。それはちゃんと、香月には伝わっている。