午後10時。なんとか仕事を終え、香月のアパートまで来ることができた。もちろんスペアキーは持っている。小窓から明かりが見えたので、居ることは間違いないが、インターフォンを鳴らすのもなんだろうと、その鍵を使って開けた。
 ガチャリと大きな音が響き、ドアが開く。その先には、部屋の真ん中で体育すわりをした彼女が、驚いた表情でまっすぐこちらを見ていた。
「……びっくりした……」
 そりゃそうだろう。
 中からチェーンを開けてもらい、巽は無言で室内に入っていく。そこには、朝風間が用意したパンがかじりかけのまま、床に放置されており、その横には、ペットボトルのお茶、水に続いて、現金が並んでいた。
 一万円が数枚放置されており、とても一日で稼いだ金とは思えなかった。へそくりでも取っておいたのだろうか。
 だが香月は、巽の視線が現金に向けられたことを悟ると、慌ててそれを隠した。
「……何故隠す?」
 風呂に入ったとおぼしき彼女は、ティシャツから出た細い腕でもう一度現金を出し、綺麗に伸ばしてから、差し出した。
「……これ……。お金です。その、しわしわだったから……」
「……今日稼いだ金か?」
 香月は一度黙ったが、
「稼ぎました。今日の分です」
 思いつめた表情だった。
「……どんな風にして稼いだ? 一日でこれほどの売り上げとはたいしたもんだ。是非その方法を聞きたい。いや、受け取る側として、聞く権利がある」
 床の上を靴下で歩き、近づいた巽は見下げて聞いた。
「お金は……お金です。私が働いたお金です」
「どうやって? 明日もこれだけ稼げるのか?」
「明日は……多分無理です。次は……分かりません。けど、今3万だから……月末までに……7万……」
「……雇い主は?」
「……」
 これだけの金を、今の香月が全うなことをして稼げるはずがない。
「言えないのか?」