香月はただそこで言葉を区切り、ぼんやりとテーブルを見つめた。
 ここから抜け出せる。エレクトロニクスに帰ることができるかもしれない。だけど、
「私、こんなにあなたに頼っていいのかな……。嬉しいんだよ。嬉しいんだけどね……。大丈夫、お金は借りても返すよ……早めに返す」
「返さなくていいと言っても、返すと言って聞かないんだろう?」
「それが人間の基本だよ」
 香月は笑った。
「次……何の仕事をするのかはまだ、分からないけど……。頑張って、月10万くらいは返せるように……」
「住み込みで働くところはろくなところがない。家は用意してやる。そこから好きに働け」
「そんなわけにいかないよ……」
 そこまで面倒みてもらえない。
「お前自身に何かあっては、元も子もない」
「……」
「これで気がすんだか?」
 真剣に見つめあったのは、一体いつぶりだろう。巽はいつもと変わらない。だが自分は、こんなにも変わってしまった。
「……ありがとう……。ここに来てくれて……」
 心の底から、できるだけ心をこめて言った。
 肩の震えがなかなかおさまらなかった。
 巽はそのまま香月の肩を抱いて店を出た。既に横付けされていたリムジンに乗り込む。
 あの、当たり前だったことが急に懐かしくなり、また、自分が堕落したことを知った。
「今日はホテルに泊まれ」
「ううん……そんなお金、ないし……。それに荷物……」
「水野の家にか?」
 巽はそれも承知していた。
「……色々、あるし……」
「……」
 巽は一度額に手を当て、悩んだ後、溜め息を漏らして言った。
「マンションに寄ってやる、取ってこい」