その、当然の意味が全く分からず、その行為がいつ服を脱がすところにいってしまうのか、不安で不安で仕方なかったが、次第に水野の力は弱まり、やがて、髪の毛を撫で始めた。
 そういう優しいともとれる行為は初めてのことであった。
 それから、病院に行くまでの1カ月と10日、水野は抱きしめては髪を撫でるを繰り返していた。その意味が何だったのかは、全く分からないままに。
 だが水野としっかり話ができるようになったおかげで、次第に客を見抜く力がつくようになり、成金が見分けられるようになった。新聞もちゃんと読み始めた。客の話をすると水野は必ずその人物のことを知っており、素性や特性などアドバイスしてくれたおかげで、目利きになるのが早かったのだと思う。
 そうした頃には、指名が増えた。話術らしいものは何もなかったが、ただ控えめな笑顔を欠かさなかった。
 そんなある時、ママに言われたことがある。
「あなたは得な人ね。何もしなくても人が寄って来るの。そういう魅力を持ってる。だから、頑張ればもっと売り上げがあがるわよ」
 だけど香月は、小さく溜め息をついて、正直に答えた。
「私……早く二千万を返したいために頑張ってるんです」
「そういう子はね、プレゼントを質に入れるの。だけどあなた、それをしてないでしょう?」
 ママはよく従業員のことを見ていた。
「なんか、それは違うなと思ったんです。頑固な考えかもしれないけど。高いお金出して、飲みに来て、プレゼントまで用意したのに、それを質に入れられるなんて。もしそれが私なら、きっともう来ません。だから……それをとっておくくらいはかまわないのかな、と思うんですけど、甘いでしょうか」
 ママは優しく言った。
「いいと思うわ……。早くお金、返せたらいいわね」
「全部返し終わったら……前の職場に、アルバイトでもいいから入りたいんです」
「エレクトロニクス、だったわね」
「はい……。働くことが好きでした。仕事だと思わなかった。
 だから今、頑張って仕事をするっていうのはこういうことだったんだって、ようやく分かったんです。貴重な体験でもありました」
 ママはふふと笑うと、酒を飲んだ。上司というものを今まで宮下しか知らなかった香月にとって、ママは不思議な存在であり、尊敬とはまた違った気持ちで見ていた。