あれは、全部巽が勝ち取った物だったのだ。自分の物ではない。巽が見せてくれた、幻想だったのだ……。
 この世界に入ってから、ようやく今まで何とも感じなかった巽という人物がどれほどすごいのかを知るはめになった。
 香月が採用されたチックと信号2つ分しか離れていない場所にあるアクシアは、会員制ということでチックより更に客層が限られている、有名な高級クラブであった。
 巽がどんな風に評価されているのか知りたくて、一度話題に混ぜて、ママに聞いたことがある。
「アクシアのオーナーってどんな人なんですか?」
 ママの目を見ないで聞いたせいか、無言だったので、間をおいてから彼女を見た。
「……一言じゃ言い表せないわ……」
 その表情は、尊敬している、とも、好きだ、とも、憎らしい、ともとれる、複雑な表情であった。
 私が巽を表現するとしたら……、スケベで、無表情で、いつも偉そうな、中年のオヤジ……。
「この世界にいれば、いつか会えるわよ」
 香月は真面目に小さく返事をしたが、心の中では少し笑った。