電話を切ってすぐにリビングへ入る。
「ごめんあの、急用なの。帰るね」
 顔を見る余裕はない。香月はバックをとって、顔を俯けたまま立ち上がった。
「……送ろう」
 既に飲んでいるというのに本気なのかどうなのか、巽は立ち上がって、リビングのドアまで移動した。
「ううん、いい。……家族が、迎えに来るから」
「……じゃあ、エントランスまで」
「ううん、大丈夫。だって、その、もうあなた飲んでるじゃん。大丈夫、大丈夫」
 リビングのドアの前で立ちはだかる巽の前で、香月は停止した。
「何だ?」
「か……家族が迎えに来るの。それだけよ」
 自分がどこを見ているのかさえも分からなくなる。
「それでお前は、今から何に気をつけるんだ?」
 見上げた。やはり、その眼光は鋭い。
「……夜、遅いから」
 目を逸らすしかない。
「やはりエントランスまで行こう」
「いい! いいの……。大丈夫、心配しないで」
「何がいいだ。今言ったばかりだろう。危険を察知する力をつけろ」
「違うの、そんなんじゃないの。大丈夫だから」
「なら言ってみろ」
 ……重い沈黙になった。もはや息をすることで精一杯である。
「……紺野……さんに……会いに行くの」
「何?」
「それだけよ。浮気じゃない。用があるの」
 香月はその巨体と壁の隙間から廊下へ出た。自分は今外へ行かなければならない。そのためには、少し冷たい態度をしてでもここを出なければ、全てが終わらないのだ。
「こんな深夜に刑事にどんな用事がある」
「刑事?」
 香月はゆっくりと振り返った。
「編集者とあの名前は偽装だと言っただろう。あいつは東都警察の刑事だ。お前相手に何故わざわざ偽名まで使って近づいたのかは分からんが」
「え……うそ……。だって、警察に友達がいるって……」
「どういうつもりだかな」