マタニティブルーという言葉がある。実際にはどういう状態かよく知らなかったが、
「マタニティブルーってやつだよ」
と、西野が解説してくれたので、あぁいうことだと、頷いて理解した。
「俺ら、いっぱいいっぱいなんだよ、今。自分のことと、子供のことで」
 西野と2人、病室を抜け、青空の元の穏やかな病院の構内を歩きながら、香月はただ、居心地の悪さを感じていた。
「養子の話、前から考えてあったのかな?」
 木漏れ日が降り注ぐ、大きな木で香月は足を止めて聞いた。
「前に少し聞いたことはあったけど……いろんなことがリンクしたのかもしれないな、あいつの中で」
 西野は遠くを見つめた。
 小鳥のさえずりが聞こえ、今まで消毒臭い病室の中で佐伯の泣き顔を見ていたのが、嘘のようだった。
「いつから、付き合ってたの?」
 あまり興味はなかったが、少しでも楽しい方へ、とその言葉を出した。
「香西店長とヤッた後だよ」
 見たこともない、西野の無表情に、ゾっとした。
「あの人も信じらんないよな。いい人そうな顔して。あいつが落ち込んで電話するようになってから、ちょくちょく中央マンションに足運んでたらしい」
「中央マンションに!?」
「そうだよ。あの金持ちのマンションに。避妊はしてたらしいけどな。あいつの話だと。けどもうそんな不倫なんてやめろって言ったんだ。ついでに香西店長も脅しといた。別れないと会社にバラすって」
 脅すという言葉に驚いた香月は、言葉を失った。
「それで、あいつが、春奈が子供預けて本社で働きたいとか言い出すから、それも香西店長にどうにかしてもらえるように段取りはつけといたんだ。
だけど、まさか妊娠して、しかも誰の子か分からない状態になるなんて思いもしなかったし……。
しかも、俺のこともバレた。
 最悪の上塗りだよ」
 さらっと言ったが、全てが香月の理解の範囲を超えていた。巽のことで必死になっている間に周りがこんなことになっていたなんて、思いもしなかった。