「私の狂った人生なんて、元に戻りませんよ」
 突然の佐伯の冷たい声に、
「そんなことない」
 西野はすぐに制した。
「私……2回も妊娠したのに……」
 佐伯が涙を流したと同時に香月は顔を逸らした。とても、見てはいられなかった。
「だから俺と一緒に育てようって言ってるだろ?」
「私、本当は産むの迷ってる」
 それが正解かもしれない、香月は心の中で静かに呟いた。
「おろすな、な? もう少し考えようよ」
「そんな、だってお金もないのに! けど、今おろせば私、エレクトロニクスにまだ籍があるから戻れる! そうなれば収入もあるし」
「それはこの前話しただろ? 納得したじゃないか!」
 静かに聞きながら、思うことがあったが、ただ、確実に今口にすることはできないと的確に判断したので、香月は黙っていた。
「……ごめん、私、帰ろうか?」
 とりあえず、佐伯に聞いた。
「いてください。誠二が先輩を忘れられるかどうかにも、かかってますから」
「いつの話してんだよ……」
 西野の声が変わった。
「そんなことない、俺はもう、隣にいてもどうも思わない」 
 妙な言い方をするなと思ったら、やはりそこに佐伯が突っ込んだ。
「やっぱり! 今日だって、先輩に報告するとか言いながら、会いたかっただけじゃないの?」
「うるさいよ。隣に迷惑になる」
 ただのカーテンで仕切られているので、隣どころか部屋中にほぼ声が漏れている気がしたが、声を落とす以外どうすることもできそうになかった。
「…………」
 言葉が何も思い浮かばないが、この2人が一緒にいても、確実に船は傾いていくことだけは確実そうだった。
「先輩は結婚しないんですか?」
 佐伯がこちらを見て聞く。
「……私、妊娠できないように避妊手術してるから」
 自分だけが幸せだと思われなくて、咄嗟に言ったが、それは最上の借金を背負った時にしたことであり、言わない方がよかったかな、とすぐに後悔した。
「え……何で?」
 佐伯の目は真ん丸になり、本当に信じられないといった感じだった。