「久しぶりだな……」
 言いながら西野はカーテンの仕切りをすり抜け、隣の簡易椅子に腰かける。
 顔が見られなかった。足元はどうにか見えて、見たことのあるジーパンにティシャツだったので、西野だということの確認はできたが。理由も分からず、ただ、涙が流れ出た。
「宮下店……あ、部長か。に、聞いたよ。
 身代わりを申し出たって」
「…………」
 あれは、申し出たうちには入らないだろうが、宮下が気を遣って言ってくれたに違いなかった。
「まさか、香月に罪を着せようとしてたとか、そこまで何も考えてはいなかったけど、巻き込んで、悪かったな」
 やっぱりそうだ、西野はそんな人じゃないということは、よく知っている、と、涙を拭いもせずに、ただ何度も頷くだけを繰り返した。
「けど、結局エレクトロニクスを辞めて、良かったと私は思います」
 佐伯の、凛とした声につられるようにして顔を上げた。
「誠二は結局、そこから動けなかったから。結果的に懲戒解雇になったけど、それでもやっぱり良かったんだと思います」
「…………」
 懲戒解雇の何が良かったのか、全く理解できないまま、佐伯を見つめた。
「男手一つで子供を育てるのに、サービス業は大変です。しかも、エレクトロニクスは夜遅いし。休みも不規則だし。けど、ここを辞められないってそんな風に信じ込んでて。
 結果的に、疲れてそうなっちゃったけど、……陽太君も施設にいるけど、けどやっぱり、これで、私と一緒にいることになったんだから、それでいいと思います」
「えっ……」
 佐伯は目を逸らした。だが、静かに微笑んでいた。
「え……」
 次いで、覚悟して、西野を見た。
「香月だけでも、幸せになれ」
「意味分かんないよ!」
 西野の言葉に香月は声を荒げた。
「あ、ごめん……」
 病室だということをすぐに思い出し、息を吐いて呼吸を整えた。
「ちょっと待ってよ。何で私だけとか言うの? 西野さんだって、佐伯とそうなったんだったら、十分幸せじゃん!?」
 床に吐き捨てるように言った。