「え…………」
 兄の土地のことは全く知らない。
「土地、兄の?」
「ああ、あそこは代々香月の家の者が持っていたらしい。それが今は……言い方が悪いと承知して言うが、腹違いの兄さんの手に渡り、他の会社に貸している」
 ただ、無言で聞いた。
「今までも、知人に貸すようなことはあったらしいが、商売にしたりはしていなかったようだ。それが今回、香月の兄さんの手腕もあって、どこの会社でも手に入れられるチャンスが巡って来た」
兄のことはどうでもいい。今は、そんなことに自分が巻き込まれていたのかと理解したと同時に、腹が立った。
「そんなことに……」
 巻き込まれていたなんて!!
「あそこに出店すれば、間違いなく成功する。それは、うちじゃなくても、どの店でも同じだろう。今は香月の兄さんが他の会社に貸しているが、その契約が2年後に切れる。そこを狙って、副社長は随分前から動いているよ。香月の兄さんとも何度も会っているし。だから、副社長は、香月ももしかしたら知っているかもしれないと思っている。けど、知らなかったみたいだな……」
「全然……」
 新店進出の土地のために、仕事ができるとそそのかされて、本社に縛られていただなんて!!
「けど、逆にいえばそのおかげで香月はここにいられるんだ。それほど悪いことではない」
「どうしてですか!? 私はずっと店舗に戻りたいって言ってるのに!!」
 思い切って声を大きくして言った。
「シッ……静かに」  
 宮下は辺りを見回したが、食堂に響いているのは食器が重なる音や水の音くらいだ。
「香月、甘くみすぎだよ。何もかも」
 こちらをじっと見つめてきた。あまりの視線に息苦しくなり、逸らしたところで、
「あの彼氏にも利用されてるよ」
 と、続けた。
 ゆっくり顔を上げた。 
 そんなはずはない、と強く言い聞かせるために、その目をじっと睨みつける。
「今のその、副社長が狙っている土地を契約しているのが、あの、彼氏だよ」
 次の言葉の予想がついたが、目を逸らすことだけはしなかった。
「2年後に、契約が切れる」
 思い余って目を逸らした。