ここへ飲みに来たのは、どんな本心からでもない。
「お客さん、もう閉店だよ」
 優しいオーナーは笑いながら、こちらの手からグラスを抜き取り、片付けてくれる。
「酔いつぶれるほど強くしてないよ? ほぼジュースだから。眠たいのは、もう2時からだからだよ」
 そうかもしれない。
「帰れる? 言っとくけど、ここでは泊まれないからね」
 夕貴は、珍しく優しい。そう、その表現は正しい。
 そして、最後の従業員と思われる男が帰る。そう、夕貴ももう返してあげないといけない。
「聞きたいことがあったの」
 香月は、カウンターテーブルに顔を乗せたまま、喋り始めた。
 店内はもちろんシーンとしていて、夕貴が最後のグラスを洗う音だけが響く。
「何?」
「この隣に、ハナって店あるよね?」
「ああ」
「あそこ……ってどんな店?」
「流行ってるよ。いい店。知ってるだろ? 巽光路が出資してる店だから。行ったことない?」
 間違ってないんだ……。