「……え、そこまでは……」
「私はまだ若いし、独身だから、他の会社に移ろうと思えばすぐ移れます。けど、そんな本意じゃないことで会社を辞めたくない」
「……牧先生のことですか?」
「なんですか?」
 香月は今更その噂話に乗るかと睨んだ。
「牧先生が香月さんを引き抜こうとしているっていう、話です」
 どうせ永井のことだ。その点は面白半分で聞いているのだろうし、こちらも真剣に応える筋はない。
「私は建築関係には全然興味ありません……」
 そこで、数秒、沈黙が流れた。
「今日は私、忙しいんです。5時上がりで、他に行くところがありますから」
「……食事は、無理ですか?」
 香月は、何事だ、と、永井の目をしっかり睨んで言い切った。
「無理です」