「……あの、シンガポールに進出するんでしょうか、うち」
「え? 何? シンガポール?」
「分からない。副社長の冗談だったのかもしれないけど、私が辞めたいって言ったら、シンガポールに出張すればいいって言われたんです。……やっぱり冗談ですよね」
「シンガポールには副社長の別荘がある。もしかしたら、それも考えているのかもしれないな……」
「……本当だったんだ……」
 香月はこちらを見てはいないが、テーブルの上の視線はずっと厳しかった。
「香月、悪い。俺も本当は色々聞きたいことがあったんだ。だけど、なんとなく後回しになってて……」
「……なんでしょう?」
 香月はようやくこちらを向いてくれた。
「まず、発砲事件のことだ」
 事件当日には俺が警察から事情聴取を受けていた。狙われた女子社員が行方不明になっている、という話で。外見や時間帯からすると、香月が割り出せたので、それだけ話した。しばらくしたら別の場所で香月は見つかったらしく、狙われたわけでもないらしいし。結局、新聞には、犯人は金を下ろす目的であそこへ来ただけだったと書いてある、あいまいなことしか分かっていない。
「はい」
「狙われたそうだが、大丈夫なのか? まあ、犯人は捕まったからいいけど」
「……あれは、ええと……、犯人が、レイジさんの会社のアルバイトの女の子のお父さんの会社の人だったみたいです。けど、もちろんそんな人私は知らないし、本当、赤の他人です。しかも、狙われてはいません。偶然こっちの方向に弾が飛んできただけみたいです」
 長い説明に困惑したが、その様子だと、ただの巻き添えだったようだ。
「ああそう……それならいいんだけど……。え、レイジさんの?」
「会社のアルバイトの女の子の、お父さんの、会社の人」
「遠いなあ」
「そうですよ。私のところにも警察が来ましたけど、そんな、話するの嫌だからよく聞いてませんけど」
「……あそう」