エレクトロニクスを辞めることはできない。
 そう実感した。いや、実際そうなのだ。
 香月は早足で歩きながら、廊下で宮下に電話をかけた。
「もしもし、香月です」
『ああ、何? 今日休み?』
 もはや、これほどまでに自分達の距離は開いてしまっている。
「いえ、出社してます。今、副社長室から出たところです」
『……どうしてそんなところに?』
 声の様子が変わった。
「そのお話をしたいので、ランチでも、一緒にとれればいいんですけど」
『弁当あるから、食堂でもいいかな』
「はい、十分です。ありがとうございます。じゃあ、12時に食堂で待っています。私はこれから牧先生のところに一度行ってきます」
『どんな用事で?』
 宮下は追及した。
「それも後でお話します……いいですか?」
『……いいよ、後にしよう』
 宮下昇は、携帯電話の切りボタンをゆっくりと、しかし、しっかりと押した。副社長室……、何かがあったに違いない。
 今日はいつにも増して時計を気にし、12時きっかりに仕事を仕上げると、すぐに袋を持って食堂へと急いだ。色々な想像があるにはあるが、どれも的を得ない。
 食堂に着くと、既に数十人の社員がかけつけていた。
 彼女はというと、探す前にすぐに目に止まる。その群集にはおらず、端の方の席にちょこん、と一人腰掛けている。宮下は、そのすぐ隣に、即腰掛けることにした。
 隣り合わせで座るのは、一体いつぶりだろう。こんな食堂ではもちろん、送別会の席でも一度もなかった。
「すみません、時間を指定してしまって」
「いや、いつも12時に食べるようにしてるから」
 もちろん彼女はこの習慣を知って、時間を指定してきたに違いない。
「いいですね、お弁当」