翌日、泣くことよりも、様々な妄想から一睡もできないため目がかなり腫れたせいで出社したくなかったが、社会の歯車の一員として、メガネでも出社しようと決めた香月は、パンツスーツでどんよりデスクの前のパソコンに向かった。そういえば、あんなこんなでメガネで出社したのは、これが初めてではない。
 皆はメガネ顔のことをそれほど気にすることもなく、ただ一日が過ぎていく。最近仕事にも慣れて、手を抜くことを覚えた香月にとって、仕事が一日の中でそれほどの重量を占めなくなってきていた。
 つまり、なんとなく仕事をした香月は、いつものようにぼんやりとエレベーターを降り、帰宅することにする。頭ではずっと、巽の電話番号のことが気になって仕方なく、昼間も何度も電話をかけたがやはり番号が変わっていて繋がらなくなっている。
 あんなことで怒るなんて……。
 しかも、いつ携帯変えたんだろう。
 もしかしたら、エレクトロニクスに携帯を買いに……来てないか。それなら、新しい番号を見て下さいといわんばかりである。なら、エレクトロニクスで契約していない新しい番号を調べることができるだろうか……。いや、エレクトロニクスが扱っているキャリアでも他店契約分の個人情報を知ることなど不可能だし、第一自分の名義で買っているとも限らない。
 そう考え始めると、結局最後は、考えるだけ無駄、に終わる。
 エレベーターが一階に到着した。溜め息をついて、前を見る。
 扉の向こうには、にっこり笑顔で何かいいたげな男が一人。今日はスーツのようである。仕事帰りか?
「久しぶり」
「……お久しぶりです」
 何ですか? 一体。
「今日ここで仕事だったんだけどね。そういえば愛ちゃんもここだったなあと思って、待ち伏せしてたとこ」
「……正直ですね、附和さん」
「ん、まあね。今からレストランスカイ東京行かない? 特別なデザート出させるよ」
 特別なデザートって何!?
「特別なデザートって何ですか……」
 聞く私もどうなんだか。
「んー、行ってのお楽しみ。もしかしたら、シャーベットから指輪が出てくるかもよ」
 附和は薄いサングラスの下でウインクをして見せたが、
「じゃあいいです」
 と、香月は呆れて一歩出た。