何故今になって、なのか、分からない。思えばこういう手段はずっと前からとれたのに。
その日香月は出社するなりその足で人事部へ行き、わざわざ真藤を呼んだ。
「すみません、辞表届け、お願いします」
淡々と言う。
「え……」
彼は少しだけ驚いたが、すぐに表情を変え、書類が書けたら副社長に提出するよう、静かに言った。また、理由は聞かなかった。
朝は忙しかったので真籐と会話らしい会話はしなかったが、それでも昨日の夜はとめどもない話を思い出せないほど話した。これがルームシェアをはじめてから初めての、随分事務的な会話だったように思う。
デスクで辞表を書くのは気が引けたので、給湯室で書類を完成させて、すぐに副社長室へ向かった。アポが必要だっただろうか。そう考えはしたが、そのまま向かった。
「失礼します」
副社長室には秘書がすぐに通してくれた。息子からの根回しがあったに違いない。
副社長である、真藤の父親を見たことは、それはもちろん何度もある。だが、こういう風に一対一で、ましてや副社長室へ来たのは、これがはじめてのことであった。広々とした部屋の窓に背を向け、1人堂々と腰かける様は、さすがである。
「そこに掛けて待っててくれるかな」
まだ午前9時半。朝一だ、当然忙しそうである。だがしかし、自分はもう辞めるつもりでここへ来ているのだと、もう一度自覚しなおして、静かにしたがっていた。
それから20分以上は待ち、ようやく順番が回ってきたのである。
「で」
挨拶も何もなし。単刀直入に本題から入られた。
「辞表を持って来ました」
香月は、相手に見えるように紙を回してデスクの上に置いたが、真藤はそこには目を落とさなかった。
「理由は?」
「……」
その日香月は出社するなりその足で人事部へ行き、わざわざ真藤を呼んだ。
「すみません、辞表届け、お願いします」
淡々と言う。
「え……」
彼は少しだけ驚いたが、すぐに表情を変え、書類が書けたら副社長に提出するよう、静かに言った。また、理由は聞かなかった。
朝は忙しかったので真籐と会話らしい会話はしなかったが、それでも昨日の夜はとめどもない話を思い出せないほど話した。これがルームシェアをはじめてから初めての、随分事務的な会話だったように思う。
デスクで辞表を書くのは気が引けたので、給湯室で書類を完成させて、すぐに副社長室へ向かった。アポが必要だっただろうか。そう考えはしたが、そのまま向かった。
「失礼します」
副社長室には秘書がすぐに通してくれた。息子からの根回しがあったに違いない。
副社長である、真藤の父親を見たことは、それはもちろん何度もある。だが、こういう風に一対一で、ましてや副社長室へ来たのは、これがはじめてのことであった。広々とした部屋の窓に背を向け、1人堂々と腰かける様は、さすがである。
「そこに掛けて待っててくれるかな」
まだ午前9時半。朝一だ、当然忙しそうである。だがしかし、自分はもう辞めるつもりでここへ来ているのだと、もう一度自覚しなおして、静かにしたがっていた。
それから20分以上は待ち、ようやく順番が回ってきたのである。
「で」
挨拶も何もなし。単刀直入に本題から入られた。
「辞表を持って来ました」
香月は、相手に見えるように紙を回してデスクの上に置いたが、真藤はそこには目を落とさなかった。
「理由は?」
「……」