涼屋は香月になんとなく面倒臭そうに食事を断れたことに、かなりショックを受けながら、本来やる必要もない残業をしていた。予定なら、この時間は香月と一緒だったはずだが、家に帰りたくなくて、今週末やるはずの残業を前倒ししたのである。
 午後9時の食堂はまだ数人いたが、紙コップのコーヒーが酷く不味く感じられた。飲み干して、つい、カップに力を込めてしまう。タバコも今日、何本目だかすでに忘れるほど吸っていた。これは、珍しい現象であった。
 だが、今の一本はゆっくりと香月のことを思い出しながら吸った。
 一昨日の食事、昨日の電話、今日の会話……あっという間にここまで仲良くなったのは、永井のおかげ以外の何者でもなかったが、知りたくもない現実を知った後悔の念も多少、なきしにもあらず。
彼女は、ただ美しいだけの女ではなかった。会社で素直そうに返事をしていながら、プライベートでは、警察に追われているような人物と付き合っている。警察を物ともせず、毅然として立ち向かい、また、手を焼かせるほど、その彼氏のことを、好きになっている……。
 愛している、のだろうか。
 しかし、結婚はしないと言った……。
 結婚できない、ということなのだろうか、多分そちらの方が近い。
 最後の一息を吐いて、ようやく席を立った。もう少し仕事してから帰ろう。
 仕事が好きなわけではない。金を稼ぐ大切な手段だと必要には感じているが、こうやってフられても仕事している自分を見ると、意外に仕事人間だったんだな、と自覚させられた。
「香月のことは、伏せてあるから」
 思わず立ち止まりそうになった。
 何だ、今の、会話。
 紙コップを捨てる途中、こちらもまた、残業で休憩に来たのであろう、宮下部長と、朝比奈副主任は小声で話しをしていた。そういえば、来た時からずっといた。こちらも長話をしているようである。
 伏せてある……。