榊と目を合せた。相手は、なんともない、いつもの会話のように、質問してきている。
 その、変わらぬスタイルの前では、素直になりすぎて、逆に言葉が出なかった。
「回復手術も、今はかなり完成度が高い」
「……」
 管を切ったのに回復できるのだろうか? 一瞬そう思ったが、そんな意見が聞きたかったわけではない。なら、どうして自分は今言ってしまったのだろう。
「……生みたくなったら相談にはのるよ」
「……私きっと、子供なんて生まないわ」
 今更、回復手術をして、得られる物に意味があるとは到底思えない。
「……まあ、俺も子供いないからそういうアドバイスできないけど」
「独身生活は楽しい?」
「まあ、仕事が充実してるしね」
「そだね……」
 そうか……榊には医者という壮大な仕事がある。
 私には、家庭も、仕事も、何もない。
「そうだ、夕ちゃんに子供ができるんだね。……驚いちゃった」
「ああ、一度見かけた」
「奥さんどんな人?」
「どんなでもないよ」
「何それ(笑)」
「普通ってこと」
「ああ……。私も、そうやって……平凡に暮らしたい」
 気付かれないよう何気なく口にしたが、本当は誰にも言えない本音だった。
「……。そうだな……。うん、それは俺も同じだ」
「……久司の思う平凡ってどんなの? 榊の中では離婚も平凡っぽいけど」
 いたずらに笑うと、榊も笑って否定をした。
「そんなことないよ。……まあ、日記に書くこともないような、毎日が晴れの、書く必要性がないような、毎日」
「そうね……」
 ブラックコーヒーを無言で飲む榊は実に絵になっている。そういうことに気がつくくらいなら、自分もまだ大丈夫かなと少し元気になれた。
「今日はありがとう。少し気が晴れたわ」
「そう、良かった……。体調には気をつけろよ。体調を崩しやすいから」
「うん……。うん」