「花湖……ちょっと離れて」


「やだっ」


「あっつ……暑いんだって」


「いやっ!」


暑苦しいったらない。


花湖は妹みたいで可愛いんだけど、昔っから変なところが頑固で負けず嫌いだ。


「絶対、離れないから」


ほら、これだ。


「汗臭くても知らないぞ」


花湖は意地になって、離れるどころか今度はおれの腕にしがみついてきた。


「おうこら、ブス!」


見かねた健吾が、「やめろよ」と止める響也を無視して、花湖を睨んだ。


「修司が嫌がってんだろうが。離れろや」


健吾は、分かってない。


今、花湖の頑固な部分を刺激してしまった事に。


花湖が、おれの腕をぎゅううっと抱きしめる。


ほらな、ほらな。


「違うもん! 花湖、ブスじゃないもん!」


ああ、参ったな……。


おれは額を押えて溜息を吐いた。


「つうかさあ。中3にもなって自分のこと名前で言うのやめれよな。私、って言え、私って。このぶりっ子が!」


健吾。


頼むからもうこれ以上、花湖を逆撫でしないでくれ。


花湖に抱きつかれた左腕が、鉛のように重たい。


「おめえ、高校入試の面接でも“花湖は、なになにです”って言うつもりかよ。ぶりぶりぶりっ子!」


「違うもん! 花湖、ぶりっ子じゃないもんっ。健吾くんは意地悪だから、嫌いっ」


「嫌われてばんばんざい! うっぜええ」


「うざくないもんっ」


わあわあ言い合うふたりをよそに、無口な響也が話しかけて来た。


「修司。さっきの件、本気なのか?」


わざと一拍置いて、おれは答えた。


「まじだよ。おれは、本気だ」


「……そうか。うん。よし、分かった」


しっかり頷いた響也は、それ以上、何も言わなかった。


響也は、そういう男だ。


いつもは無口なくせ、ここ一番の時は的確な判断と発言と行動に出る。


響也は、まじで、頼りになる。