平野が後ろに居ると思うと安心して思いっきり投げられるんだ、と南波は表情ひとつ変えずに言った。


「南波……」


嬉しかった。


嬉しくてたまんねえのに、おれは素直に喜ぶ事ができない。


だからと言って、正論を唱えた南波に今の気持ちを言い返す事もできるはずがなかった。


「監督もコーチも分かってるけど、口に出さないだけだ」


え、と顔を上げると、南波が続けた。


「明らかにおかしいからな。菊地先輩も、平野も。兄弟みたいに仲良かったのに、昨日から一言も口きいてねえもんな」


そうだ。


南波の言う通りなのだった。


おれが入部したその日から、菊地先輩はやたらと可愛がってくれていた。


でも、あの一件以来、お互いに避け合うようになった。


「みんな分かってんだよ。でも、誰も何も言えねえんだ。信じるしかねえからな。菊地先輩の事も、平野の事も」


正直、南波の言葉は深く胸に突き刺さった。


でも、頑なに口を割ろうとしないおれに、


「何があったか、無理やりに聞いたりしねえよ」


けど、このままダメになんなよ、そう言い残して南波はグラウンドを去って行った。


凄まじく、孤独になる。


ほんのさっきまではこのただっ広いグラウンドも賑やかで、息づかいや音で溢れかえっていたのに。


しんと静まり返った夜のグラウンドに、おれはひとりぼっちだった。


南波が言いたい事は、分かる。


心配してくれていることも、痛いほど分かる。


でも。


どうしても口を割る事はできなかった。


菊地先輩の涙を口外してはいけない気がする。


それは、菊地先輩の意地もプライドもズタズタにしてしまうという事ではないだろうか。


確かに、ここは下剋上だ。