「貸せ。その、手ぬぐい」


と健吾がちゃぶ台に左手をついて、右手を伸べた。


「えっ、けどこれ、ばあちゃんの――」


「いんだよ! 世津子の手ぬぐいで」


貸せよ、と健吾は強引に手ぬぐいを奪うと、それで頭から首まで一気に拭いた。


横にいる響也はポケットから出したタオルハンカチで額を拭いている。


冷静でしっかり者の響也と、豪快で適当な健吾は明らかに正反対の性格だ。


「世津子のかほり……熟女の色気むんむんだぜ!」


そんな健吾を見て、響也がぷうっと吹き出した。


「熟女って……何言ってんだよ。健吾」


「健吾はいつも暢気だな」


堪えきれなくなって、おれも笑ってしまった。


「世津子は熟女じゃねえかよ。違うか?」


熟れまくってるけどな。


おれたちはげらげらと笑った。


でも、今日は明らかに違う。


いつもは笑い声が絶えないのに、今日はすぐに途絶えてしまった。


3人とも真面目な顔で黙り込んだ。


今、おれたちは、人生でおそらく第1回目の分岐点に立っているのだから。


暢気に笑っている場合じゃないのだ。


「氷っこ入れだがらな、ひゃっこいど」


異様な空気を放つおれたちの空間に、優しい空気が割って入って来た。


木製のおぼんにコップを3つ乗せて、ばあちゃんが台所からえっちらおっちら戻って来た。


ばあちゃんは今年の春に64歳になった。


最近、右足が痛いようで引きずることが多くなった。


「なんだ、今日は大人しいごど。雪降るんでねえが」


どん、どん、どん、とちゃぶ台にコップが並ぶ。


縁側から入って来る西日が、麦茶を琥珀色に輝かせる。


「降るかよ、雪なんか。この真夏によう。ついにボケが始まったか、世津子」


ひゃひゃ、と笑う健吾の脇腹を響也が無言でど突いた。


その時、


「修ちゃんっ!」


遅れて現れた今野花湖(こんの かこ)が縁側からずかずかと上がり込んで来て、


「花湖、超意味わかんないっ!」


とむうっと頬を膨らませて、おれにぴったり寄り添うように隣に座った。