手に大量の汗を握り締めながら、菊地先輩を見つめ返した。


先輩は「うん、うん」とまるで自分自身に言い聞かせるように頷いて、見つめ返してくる。


「この数日間、すっげ悩んで、いろんなこと考えてみたけど。結局、お前以外に思いつかなかったよ」


平野、とおれを呼ぶその声はぞくぞくするほどやわらかくて、もの静かで安定しているのに。


「悪いっす……話が、見えないっす」


なんでこんなに泣けてくるのか、不思議でたまらない。


「空気読めよ。本当は分かってんだろ」


そうだったのかもしれない。


本当は、なんとなく分かっていたのかもしれない。


そして、それを受け止められるのか不安で、受け止める自身がなくて、わざと知らないふりをおれはしていたのかもしれなかった。


「あの、おれは――」


「お前じゃなきゃ、誰が守るんだよ」


ばくばく、心臓が暴れ回る。


「俺が不在の間、センターは誰が守るんだよ」


バックンバックン、鳴りやまなかった胸騒ぎが、


「決めたんだ。今日、監督とコーチにも話した」


ドク、と束の間、動きを止めた。


「俺、秋季大会終わったらすぐ、手術受けることにしたから」


おれの心臓が再び動いたと入れ違いに、柳の葉を揺らしていた夜風が止んだ。


「東北大会は出れないから」


沈静した辺りは、窒息しそうな蒸し暑さに包まれる。


時が失われたようにシンと静かになった。


首筋をつるりと流れ落ちる、汗。


「夏までには戻る。それまであのポジション、頼むな」


そう言ってぎこちなく口角を上げた先輩から、目を反らすことができなかった。


「そんなに悪いんですか……」


「まあ、良くはねえよな」


と苦笑いしながら、菊地先輩は右足のつま先を2回、アスファルトにトントン打ち付けた。