話し終えた菊地先輩は「さすがだぜ、相棒」と得意げに笑って、自分たちの部屋を見上げる。


「開けてあるって。用意周到だな」


「まじすか。深津先輩、さすが」


行きましょう、と玄関に向かうけれど、おれはその妙な空気に立ち止まり振り向いた。


「菊地先輩」


菊地先輩はそこに突っ立ったまま、じっとおれを見つめていた。


「入らないんですか」


聞いたおれに、菊地先輩は曖昧に微笑んでやっぱりそこから動こうとしない。


妙な空気の中、おれたちは見つめ合った。


沈黙に耐えられなくなり先に口を開いたのはおれだった。


「あの、菊地先輩」


と、意味もなく帽子を取ってみる。


菊地先輩は「うん」と頷いたけど、やっぱり動かない。


「どうしたんですか。中、入らないんですか」


と菊地先輩に歩み寄ろうとした、次の瞬間だった。


「平野」


おもむろに帽子を取り、


「もっと貪欲になれ」


と菊地先輩は静かに笑った。


月がアスファルトにふたつのシルエットを落とす。


横の柳の木が夜風に揺れてさらさらと乾いた音を奏でる。


「誰よりも貪欲になって、誰よりも成長しろよ」


一体、どうなってんだ。


足が棒になったように動かなくなった。


月が今にもどろんと溶け落ちて来そうに、朱い。


白湯のような温い夜風が吹き抜けて行った。


「お前に成長してもらわないとな、まじで困るんだよ。死活問題」


「……何言って……んな、大げさな」


何だ、この空気。


「菊地先輩……あの……」


なんで、おれはこんなに緊張してんだ。