憧れの先輩を追い越したい。


でも、おれはまだまだ未熟で、それだけの力がないのだと思い知らされる。


響也も、こんな気持ちでいるのかもしれない。


響也には憧れの投手がいて、その人を追いかけて南高に行ったのだ。


おれにも、憧れの先輩がいる。


今、俺の前にいる。


「平野!」


自転車を走らせながら、菊地先輩が振り向いた。


「スピード落ちたぞ! 上げろ上げろ!」


くっそー。


拷問だ。


「分かってるっす」


息も絶え絶えに返し、今日最後の力を振り絞って、速度を上げる。


でも、やっぱり距離は縮まらない。


「もう少しだ! 上げろ上げろ!」


桜花の敷地内に飛び込み、寮が視界に入ってくる。


でも結局、先輩に追いつけないまま駐輪場に着くなり、おれはアスファルトに倒れ込んだ。


ぐあああああ。


「きっつー」


倒れ込んで2,3回ゴロンゴロンと転げ回り、仰向けになって大の字を描いたおれに、自転車を定位置に戻した菊地先輩が歩み寄って来た。


「あーあ。体力ねえなあ、後輩」


菊地先輩はカラカラと笑い、真上からぬうっとおれを覗き込んだ。


顔から湯気が出そうだ。


どおーっと汗が噴き出した。


先輩越しの真上から夏の星座たちが降って来そうで、眩しくて、呼吸を整えながら目を細めた。


「体が痛え」


むくっと体を起こしたおれに、


「けどまあ、そのガッツは認めてやるか」


お疲れさん、と菊地先輩が手を伸べて来た。


でっかい手だ。


「まじきついっす。これ、一種のイジメっすよね」


冗談交じりに笑いながらその手を掴むと、


「イジメだよなあ」


と他人事みたいに笑った彼はやっぱり、球児にしておくには勿体無いくらいの二枚目で、おれを一気に引っ張り立たせた。


そして、寮の玄関の鍵を開けてもらうために深津先輩に電話を掛け始める。