「困るんだよ」


とおれを見つめたその目は、無駄な物を一切含まない真っ直ぐな色で、身動きが取れなかった。


「平野が成長しないと困るんだよ」


そう言った直後、菊地先輩はぐんとペダルを踏んだ。


「あっ!」


車輪はシャアッとキレの良い音を鳴らして、一気に加速した。


夜をまっぷたつに切り開くように。


何だ……今の。


今の、先輩の目。


「……にゃろ」


おれは夢中になって、前を行く菊地先輩の背中を追いかけた。


絶対、追いついてやる。


いや。


追いついたら一気にスピードを上げて追い抜いて、越えてやる。


そう心に決めて、駆け出した。


平野が成長しないと困るんだよ。


そう言った時の菊地先輩の目は、挑発的なものだった。


声にならない声を上げて、瀕死の思いで先輩の横に並んだ。


喉が張り裂けそうなくらい苦しい。


息を弾ませながら横目で見ると、菊地先輩もおれを見ていて目が合った。


「よう、後輩、来たか。そう来なきゃなあ」


と菊地先輩はまた更に自転車を加速させて、おれを突き放すのだ。


くっそー。


この数日間、すったもんだがあったけど。


先輩の考えている事がさっぱり分かんなくて何だよクソとか思ったんだけど。


本気で頭にきたんだけど。


けど、やっぱり、先輩は偉大な存在だと思い知らされる。


必死になってやっと追いついたと思ったら、また距離を離される。


もしかしたらぶっ倒れてしまうかもしれないと思うくらい全力で走ってるってのに。


先輩の背中はまだまだ遠い。


追いつけない。