悔しいけど。


「……はい」


頷く他に術がない。


菊地先輩が言った事に、間違いはないのだ。


「平野さ。鞠ちゃんが泣いてるとこ、みた事ある?」


そういや、見たことねえや。


一度も。


「無いっす」


俺も、と菊地先輩が頷く。


「泣かないよな、あの子。でも、その分、すっげ抱え込んでるもの、でっかいと思うんだよな」


それを聞きながら、大丈夫かなと思う。


そういや鞠子のやつ、いつも笑ってるけど、


誰かの前で思いっきり全力で泣いたりしたこと、あんのかな。


「千夏の気持ちも分かるんだけどな。でも、そこはやっぱ譲れねえよな。俺たちとしては。過去は過去。今は今」


もし、鞠ちゃんが本気で頼って来たら、その時は。


俺らが手、貸してやるべきだよな。


だってさ、同じ夢追いかけてる仲間なんだから。


な、平野。


「あの子は、桜花の大事なマネージャーなんだからさ」


「はい」


確かにそうなのだ。


本当にその通りなのだ。


鞠子が抜けたら、ダメだと思う。


鞠子はマネージャーであり、ひとりの選手でもあるのだ。


もう一度「はい」と繰り返し、大きく大きく、夏の夜空を胸いっぱいに吸い込んだ。


夜空を埋め尽くす、夏の星座たちと、月。


カエルの大合唱。


蒸された空気。


草木の青々とした匂い。


大きく大きく全部を吸い込んだら、体の中の空間が少しだけ膨らんだ気がして、少しほっとした。