「分かりますよ、千夏さんの気持ちは。けど、先輩」


立ち止まり、一度奥歯を噛んでから、おれはうつむいたまま言った。


「それって、鞠子は何も」


と、その先を言ったのは菊地先輩だった。


「悪くねえよな」


おれの肩をトンと弾いて、


「鞠ちゃんは何も悪くねえけどさ」


菊地先輩は続けた。


「平野」


「はい」


「俺たちガキ同士がどんなにかばったってさ、大人は……世間てのはそう見てくれないもんでさ」


んなこたあ、分かってら。


「けど、それじゃあ鞠子が」


あまりにも憐れじゃないか。


鞠子がどんな思いをしょい込んで、毎日毎日、おれらと一緒に夜遅くまで汗だくになって、砂埃まみれになって、今日までやって来たのか。


へとへとになっても、文句ひとつ言わず。


愚痴ひとつこぼさず。


過去を抱きしめたまま、それでも笑顔を絶やさずに居たのか。


それを思うと、言葉に詰まってしまった。


口をつぐみ、突っ立ったまま両手を握り締める。


気に食わなかった。


とにもかくにも、どうしようもなく、ただ漠然と面白くなかった。


例えば鞠子がいつも常にぐちぐちと文句や小言をたれて、練習もむっつりした顔で、仕事もテキトーに雑にするようなやつだったら。


ああ、やっぱりな、と頷いていたのかもしれないけど。


文句ひとつ言わず、いつもどんな時も笑顔で、仕事は完璧で。


そんな鞠子しか、おれは知らないから。


とにかく、胸くそが悪かった。


「不公平だよなあ」


平野、と背中を叩かれて顔を上げると、


「大人ってズリーよなあ」


菊地先輩は苦笑いしていた。


「俺らみたいな中途半端なガキが最後に頼れんのって、結局、大人だってのにな。鞠ちゃんはそれができねえんだからさ」