「鞠ちゃんの母親は元顧問の男と姿くらますし、父親は県外に支店出してそっち行っちゃったらしくてな。今もそっちに居るらしくてさ、戻って来てないみたいなんだよな。一度も」


「あの……じゃあ、鞠子って……あの家で」


ずっと、ひとりぼっちなんだろうか。


まだ、高校生……なのに。


目で訴えかけると、


「そういう事だろうな。学費とかは親父さんが通帳に定期的に入れてくれてるらしいけど」


と菊地先輩はしっかりと頷き、立ち止まり、鞠子の家の方角を振り返り見た。


「あの無駄にでっかい家で、たったひとりで生活してんだよな。鞠ちゃん」


フウ、と肩をすくめ、


「行くぞ、平野」


菊地先輩は再び自転車を押し歩き始めた。


「……はい」


小さく返して、小走りで追いつき横に並ぶと、無責任だよなあ、と菊地先輩が言う。


「逃げるが勝ち、ってやつだよな」


「え?」


「当事者たちは逃げりゃ済むけどな。残された鞠ちゃんのこと考えろってな……いい迷惑だろ」


「……」


「全部、鞠ちゃんに降りかかることになったんだから」


その後さ……、と話し続ける菊地先輩の横顔から視線を反らし、足元に落とす。


全部、鵜呑みにするつもりはないけど。


もし、この話が事実なのだとしたら、と考えると安易に顔を上げてはいけない気がした。


不注意に顔を上げたら、傷付いた鞠子に失礼だと思った。


無期限の活動休止。


それを起爆剤に3年生、2年生、1年生までもがこぞって退部し、一気に誰も居なくなってしまったらしい。


それでもみんなを必死に繋ぎ止めようとしたのが、鞠子だった。